第5話 進展しないなら先輩の唇ください
高校が本格的に始まると、部活動も開始した。当然俺と友瀬はサッカー部に入り、奈夏は水泳部に入る。例の稲垣光も、結局水泳部に入ったらしい。
グラウンドに着くと監督から最初の激励を受けて、やはり中学までとは違って本格的に上を目指すチームなんだと実感する。
「ウチは学年で序列を決めない。一年でもいいプレーしてたらスタメンで使う。ポジションもどんどん奪っていけよ~」
部員も多く、ポジション争いはかなり激しい。そんな中でも俺は一年ながら上級生に混じって実戦形式のメニューに呼ばれていた。中学で部長をしてたこともあって、今のところ序列は悪くなさそうだ。
練習が始まると、グラウンド脇にはいつの間にか見学の男女が集まり、ボールを持つたびに声援が飛んでくる。
そのたびに先輩たちから「一年坊主のくせに」「注目されてぇからFWやってんだろ」とでも言いたげな視線を向けられるが、こればっかりは俺にどうしろって話だ。
そんな声援の中から、フェンス越しにひときわデカくて聞き覚えのある声が響いた。
「蓮斗せんぱぁーーいっっ!!」
試合でもないのに、こんなでかい声で名前を呼んでくるヤツは一人しかいない。
「おー。今日も蓮斗大好き後輩ちゃんが来たね〜」
「冷やかすなよ友瀬……。ったく、芽衣は高校になって離れてもお構いなしか」
声のした方へ目をやると、フェンス越しにニッコニコの芽衣がいた。両手を大きく振って、こっちが気づいたと分かるとさらに嬉しそうに跳ねている。
芽衣は中学の頃から、暇さえあればこうして練習を覗きに来ていた。試合に至ってはほぼ全通。モデルの仕事で忙しいはずなのに、恐ろしい執念である。
「え、あの子誰? 日高くんの彼女?」
「白波瀬さんじゃないの?」
案の定、フェンス際からひそひそ声が聞こえ始めた。……部員からの視線も相まって、早速ややこしいことになっている。
一年は練習が終わってからもボールやマーカーの片付けがあるので、なんだかんだグラウンドを出る頃には結構な時間が経っていた。それでも芽衣は帰ることなく、フェンスの外でワクワクしながらずっと待っていたらしい。
「いやー、愛されてんな蓮斗」
「ニヤニヤするな! 余計ややこしくなる」
友瀬たちは面白そうにこっちを見ながら先に帰っていく。奈夏もまだ水泳部の練習中だし、結局この場に残ったのは俺と芽衣だけになった。
「日高せーんぱいっ。お疲れ様でした」
「おう。ありがとな」
待ってましたとばかりに、芽衣がぱたぱたと駆け寄ってきた。ご丁寧にスポーツドリンクまで差し出してくる。
「今日は白波瀬先輩いませんよねー。一緒に帰りましょ」
「まあいないけど。一応奈夏に連絡して――」
「二人で帰りましょっ♡」
連絡という言葉が出た瞬間に自動で言葉を遮りやがった、さすがだ。結局、半ば無理矢理袖を引っ張られて一緒に下校することに。
……部活が始まって一斉下校じゃないのはまだ救いだが、それでも周りの目は凄い。
「日高先輩、やっぱりサッカー上手ですね。かっこいいです」
「まあ、FWだから目立ってるだけだけどな。先輩たちはやっぱレベル高いよ」
周りの目を気にしつつも、芽衣と何気ない会話をするのは楽しい。中二の時にちょっとしたきっかけで仲が良くなって、それ以来なんだかんだずっと一緒だ。
「芸能活動は忙しいのか? 今年は芽衣も三年だし大変だなぁ」
「まあ、最近はお仕事も増えてきて大変ですけど。先輩が可愛いって褒めてくれるように頑張ってますよっ」
「っ……」
芽衣は平気でこういうことを俺に言う。奈夏とはまたタイプが違う人懐っこさだ。
こうして久しぶりに二人で並んで歩くと、出会った頃よりずいぶん大人びた気がする。仕事が増えてるっていうのも納得だ。
「高校入ってからもモデル続けるんだろ?」
「もちろんです! ずっとこの仕事でいきたいって思ってるので。先輩があの時言ってくれた言葉が、ずっとお守りですから」
「……そっか」
芽衣がモデルを続けるきっかけになった、あの日のことを少しだけ思い出す。俺としては大したことを言ったつもりなんてなかったけど、今でも忘れられない言葉らしい。
「じゃあ来年高校来たら、学校と仕事の両立大変そうだな」
「……先輩。それについてですけど」
何気ない言葉のつもりだったが、途端に隣を歩いていた芽衣の表情が真剣なものに変わる。
「私、高校はエスカレーターで上がらないかもです」
「え。外部受験して別のとこに行きたいってことか?」
「お世話になってるマネージャーさんが、芸能活動と両立しやすい高校を紹介してくれてて……芸能科もあるみたいなんです」
「たしかに。仕事を続けるなら、そっちの方がやりやすいかもなー」
せっかく本人が本気でやりたいことなんだし、そういう道を選ぶのも全然アリなんじゃないか。そんなことを呑気に考えていると、不意に制服の袖を引かれた。
「日高先輩、聞いてください」
「芽衣、どうした?」
「もし別の高校に行ったら……先輩とは離れ離れになっちゃいます。こうしてられるのもあと一年くらいです」
「そうなるな。寂しくなるけど、お前が夢追うのを俺も応援するよ」
「――だから、あと一年で先輩のこと奪いますから」
「ン?」
どういう意味だと聞き返す間もなく、芽衣は俺の袖を握ったまま、まっすぐこっちを見上げる。さっきまでの寂しそうな空気はもうどこにもなく、いつもの強気な芽衣の顔に戻っていた。
「いつまでもウブな白波瀬先輩との恋愛を待ってられる理由はないです。――進展しないなら、先輩の唇ください!」
「な……おまっ!?」
場所が悪かった。駅前でそんなことを堂々と言うものだから、近くを歩いていた連中が「なんだなんだ」「痴話喧嘩か?」とでも言いたげに、ちらちらこっちを見ている。
「べ、別に進展ないわけじゃないぞ。奈夏がいちいちピュアな反応するから、面白くてついからかって終わっちゃうだけで」
「それで結局何もせず終わってますよね? ほら、私だったらいつだってチューおーけーですよ」
芽衣はそう言って、わざわざ俺の正面に回り込む。人差し指で自分の唇をちょんと示したあと、目を閉じて少しだけ顔を突き出した。
「ちゅー」
「やめろやめろ! ノリで後輩に手出すクソ野郎とか思われたくねぇよ」
「いいじゃないですか、出してください」
慌てて顔を逸らすと、芽衣はイタズラに笑っている。こいつの場合、冗談でやってるように見えて本当にそのままキスしかねないから怖い。
「俺だって、最近は特に真剣に考えてるんだよ。あいつとの関係を」
「……むぅ。結局、白波瀬先輩のことばっかりじゃないですか」
さっきまで楽しそうだった芽衣が、今度は露骨に頬を膨らませた。本当に忙しないやつだ。
その顔を見て、ふとこの前マックで友瀬に言われた言葉を思い出す。
『お前は、芽衣ちゃんのことも考えるべきだ』
中学の頃からずっと俺を追いかけてきて、忙しい仕事の合間に試合まで見に来てくれる。学校が離れてもこうして会いに来てくれる。
ここまで真っ直ぐ向けられてる気持ちを、奈夏との関係がどうこうって理由だけで適当に流し続けるのは違う。それだけは分かっている。
「――あいつのことだけじゃない。芽衣のことも考えてるよ。真剣に」
「え。私のことも、ですか?」
「ああ」
芽衣がぱちっと目を見開いた。そのまま数秒固まったかと思えば、意味を飲み込むにつれて頬が緩み、ぱあっと表情が明るくなっていく。
「……えへへー。日高先輩っ」
次の瞬間には腕へぎゅっと抱きつかれ、そのまま嬉しそうに頬をすりすり擦りつけてきた。さっきまで拗ねていたのはどこへやら、機嫌の直り方まで分かりやすい。
「芽衣、お前は猫か。すりすりしすぎだ」
「いいじゃないですかー。さっき言ったとおり、私は白波瀬先輩と違って飛ばしていきますから。覚悟しててくださいね♡」
「お前が言うと冗談に聞こえないぞ……」
甘い匂いも相まって、これ以上くっつかれていると妙に意識してしまいそうで、俺は芽衣を引き剥がしながら逃げるようにスマホへ目を移した。
……さっき部活のヤツに「奈夏ちゃんと行きな」と映画のペアチケットをもらったなんて口が裂けても言えない。きっとチケットごと強奪されてしまうだろう。




