第6話 幼馴染イチャラブモノは理性が持たない
今日もフツーに授業を受けてフツーに部活へ。と思っていたが、六時間目が終わった途端にどしゃぶりの雨が降り始めた。
「あちゃー。これじゃプールも使えないなぁ」
スクールバッグを掲げた奈夏が隣の席で嘆く。それは俺も同じで、何だかんだサッカーが好きなので部活がないとテンションが下がる。
「この降り方じゃあ、屋外の運動部は全滅だろうな。残念だ」
「だねぇー。ざーんねんっ」
文化部に関しては天候関係なく活動ができるだろうが、屋外の運動部は無理ゲーだ。ウチはフィジカルトレーニングをやろうにもバスケ部などに体育館を占領されるので、必然的にオフになる。
監督や部長からは「家でトレーニングに励むように!」と建前上言われるが……それはそれで面白くない。つまりは――
「なぁ奈夏。せっかくだし、どっか寄ってくか?」
「待ってましたぁ。いこいこっ!」
「即答だな」
奈夏と二人で寄り道すること自体は珍しくない。幼馴染なんだから今までだって何度もあるし、そのたびにいちいち特別なことだなんて思ったこともなかった。
ただ最近は少し違う。友瀬に恋愛相談したり、芽衣と二人で帰ってる時に「奪いますから」なんて宣言されたり。そんなことが続いたせいか、妙に意識してしまう。
……これも広義にとらえればデートとも言えるのか。そんなことを考え、俺は部活仲間の橋本から冗談半分で受け取っていたペアチケットを思い出す。
「なぁ奈夏。映画とかいかね? 橿原イオン」
「お。いいじゃんいいじゃんー。その後フードコートで美味しいの食べよー! 映画はなに見る?」
「えーと……題名忘れたけど、チケットあんだよな。ペアの」
「ふぇ!? ぺ、ぺあ?」
奈夏の顔がみるみる赤くなった。さっきまでご機嫌に揺れていたスクールバッグをぎゅっと胸元に抱えて、わたわたと視線を泳がせる。
「それってつまり、映画デートってやつ!? 二人でポップコーン半分こして隣に座って、途中で手とか触れちゃったりして! 映画終わったら『面白かったね』って言いながら二人でそのあとは――」
「そのあとは?」
「聞かないでっ。そこから先はデキちゃうかもしれないでしょ!」
「……」
まあ、どうせ男男した橋本の映画チョイスだ。アクションとかコメディとかそっち系のヤツだろう。
「別に、今更映画くらいで意識することないだろ……って。――あ」
「えっ。何々、何の映画なの? まさかホラーとかなら私絶対無理だからね!?」
チケットに書かれたタイトルを見て、思わず眉間をつまむ。橋本があえてこの映画を選んだ理由と、ニヤニヤしている顔が思い浮かんだからだ。
「ねー、見せてよー蓮斗。何の映画ー?」
「分かったよ。ほら、見てみ」
「んっ!」
ふんすと鼻息を立てて興奮する奈夏に、俺はチケットを渡してやる。わくわくと目を輝かせていたが、そのタイトルを目にすると硬直した。
「……ほえっ。えっ、え」
『幼馴染とゼロセンチメートルの恋をした。〜キミの初めては、全部僕が奪う〜』
ぼんっと頬を赤らめる奈夏と、まともに直視できない俺。……そういや、夕陽が家でなんか言ってたな。今話題のアイドルが主演だとかなんとか。
しばらくわたわたと謎の動きをしていた奈夏だったが、やがて俺の胸をぽかぽかと叩く。
「これ蓮斗が選んだの!? 初めては僕が奪うって……まあ覚悟できてないこともまーないっちゃないけど破廉恥すぎるっていうか!」
「ちげぇよ! 部活のヤツにもらったんだよ。多分いたずらだし……嫌ならいいぞ」
「……むぅーー」
なぜか今度は奈夏が頬を膨らませた。さっきまであれだけわたわたしてたくせに、なんで不機嫌になるんだよ。忙しいヤツだ。
「あーあ。そこは蓮斗が選んでくれててよかったのになぁー」
「なんだよそれ……俺がこれ選んでたら、お前心臓持たないだろ?」
女の子は難しいと友瀬がいつも頭を抱えている理由が、最近ちょっとずつ分かってきた気がする。
「ほら、行くぞ。幼馴染の初めてをどう奪うのか、しっかり学んでやろうぜ?」
「んみゅっ!? ま、またからかって!」
再び背中をぱしぱしと叩かれるが、ほっといて教室を出る。後ろから雨の音と「待ってよ!」と慌てた足音が聞こえてきた。
※※ ※※
今日のプランは、映画→フードコート→ゲーセンや服屋をぷらぷらという流れだった。先に映画を見るのでフードは控えろと奈夏に言ったのだが……。
「重っ! お前なぁ、よりによってメガサイズのポップコーン買わなくてもよかったろ?」
「えへへ。ごめん……久々の映画だからテンション上がっちゃってさ」
案の定、奈夏はメガポップコーンとコーラを注文。そして俺はそれを持たされていた。
「しかも、味もキャラメルとバター醬油。ご丁寧に二種類か」
「だって、まずキャラメルを食べるでしょ? そしたらしょっぱいものが食べたくなるじゃん。種類ないとダメなの!」
「メガサイズの理由は?」
「甘い→しょっぱいの無限機関だから、メガじゃないと足りないのっ」
そんな謎理論を力説しながら、奈夏は俺の持つポップコーンを一粒つまむ。ひょいっと放り投げて口で受けようとしたが、狙いが外れたらしい。「わっ、ととっ」と慌てて両手で受け止める姿に、思わず吹き出した。
「何やってんだよ」
「あはは、ごめん。テンション上がっててさ」
今度はちゃんとポップコーンを普通に口へ運ぶ。もぐもぐと頬を動かしている奈夏を見ていると、こっちまで顔が緩んでしまう。
やっぱりウチの幼馴染無邪気で可愛い……なんて思ったって、本人に言えるわけないだろ。
そんなバカなことを考えつつ、館内に入る。少し薄暗い空間と、予告の迫力は妙に心をワクワクさせてくれた。
「恋愛映画かー。しばらく見てないかも」
「そっか。お前、今でも家じゃそういうの禁止されてんだろ?」
「えへへ。今日はこっそりだから大丈夫」
奈夏はてへっと頭をかきながら、いつも通りへらっと笑っている。けれど、白波瀬家は優しい奈夏じゃなかったらとっくにグレててもおかしくない家庭だ。
こういう話を聞くたび、俺は少しだけあの親たちに腹が立つが……今はそれより映画だ。タイトルは少しアレだが、思いっきり楽しむとしよう。
――上映が始まってしばらく。タイトルからしてどんな内容かと思っていたが、蓋を開けてみれば思った以上に王道の幼馴染ものだった。
小さい頃から何をするにも一緒だった男女が、少しずつお互いを異性として意識し始める。いかにも青春恋愛映画らしい話だ。
ストーリーそのものに目新しさがあるというより、今売り出し中の人を楽しむ作品らしい。
それに『初めては全部僕が奪う』なんて副題から懸念していた下ネタや妙に生々しいシーンも、今のところなさそうだ。これなら奈夏も落ち着いて見れる。
奈夏はぱちぱちと目を瞬かせながら、すっかり映画に見入っていた。
「……わっ。ふああ!」
(ええ?)
スクリーンでは主人公がヒロインをおんぶしているシーンで、隣から甘い声が聞こえてきた。足を痛めた幼馴染を背負って夕暮れの道を歩く、恋愛映画ならまあ普通にありそうなシーンだ。
「ひゃああ」
奈夏はポップコーンを抱えたまま、なぜかわたわたしている。いや、まあキュンとするシーンではあるけどおんぶだぞ。
(これで顔を真っ赤にする高校一年生とは)
そんなツッコミは心の中で留めつつ、その後も映画は王道のまま進んでいく。主人公がヒロインを後ろからぎゅっと抱きしめるシーンになると、奈夏の動きがぴたりと止まった。
「ぷしゅぅ……」
顔を真っ赤にしたまま、今度は本当に空気が抜けたみたいに座席へ沈んでいく。懸念していた下ネタも際どいシーンも一切ないというのに、結局こうなるのか。
目をぐるぐるさせながら、クライマックスの熱い抱擁シーンでは奈夏は完全に溶けたアイス状態に。
やがてスクリーンが暗転し、エンドロールが流れ始めた。
※※ ※※
「はー。キュンキュンしたけど、ちょっと高校生にしては積極的すぎたかな!」
「ええ……。他の観客たちはもっと踏み込んでほしかったって言ってましたが」
映画館を出て、フードコートへ向かいながらお互いに感想を言い合うあの時間に突入した。奈夏曰く、とても面白かったが少し破廉恥とのこと。
俺としては、ライトな映画ではあるものの思ったより面白かったというのが感想だ。
それにしてもだ。ちょっと……マズいぞ。
「ん。どったの蓮斗、トイレ?」
「いや。違うんだけど」
そう返しながら、改めて隣を歩く奈夏をじっと見る。さっきまで映画の感想を楽しそうに喋っていた顔も、ふわふわ揺れる黒髪も、見慣れているはずなのに妙に目についてしまう。
映画のせいか。もし俺たちがあの続きをしたらどうなるんだ、なんて考えてしまった。後ろから奈夏を抱きしめて、それからどうなるんだ。
「あー、やば。橋本のやつふざけんな……マジで感情おかしくなるわ」
「えっ? ……ふゃっ!?」
気づけば、ええいままよと奈夏の手を握っていた。柔らかく小さな手の感触が伝わる。からかいじゃなく、こんなに大胆なことをするのはいつぶりだったか。
「しばらく手握ってていいか、奈夏」
「な、何してんの蓮斗! わやぁぁっ!?」
「我慢してくれ。むしろ理性を保ってる俺を褒めてくれ……身が持たん」
「う、うぅ……?」
顔を真っ赤にして俺を見上げた奈夏だったが、握った手は振りほどかない。それどころか、さっき映画館で見たのと同じように顔を赤くして、また少しずつ溶け始めている。
早く移動しよう、これ以上見てたら本当に何するか分からん。俺はそのまま奈夏の手を引いて、逃げるようにフードコートへ向かった。




