第3話 幼馴染に隠しごとは滅(メッ!)
「おーい。席つけよ~」
入学式を終え、担任が教室へやってくる。『ますせん』こと増谷先生はどうやら当たりの若い男教師だったようで、クラスメイトはきゃっきゃと騒いでいる。
俺はというと、さっき友瀬から聞いた話が衝撃すぎて上の空。新生活に関する連絡事項も頭に入ってこない。
「ねぇ蓮斗。今日さ、一緒に帰らない? 部活始まっちゃったら忙しくなるしさ」
「あー、すまん奈夏。ちょっと友瀬と駅前のマック行く約束しちまって」
「えー! じゃあ私も一緒に行こっかな?」
きゅるんっと上目遣いで懇願する奈夏。いつもなら「三人でいこーぜ」と軽いノリで承諾していただろう。しかし今日はダメだ。絶対に。
「いや、悪い。今日はちょっと二人で……」
「え? なんでー。私もマック行く! ビッグマック食べる!」
「太るぞ」
「サイドは枝豆コーンにするもん」
「じゃあドリンクは?」
「ハンバーガーにはコーラだよ」
「そこは結局かい」
何を言おうと今日はダメだ。お前のことを相談するというのに、本人が立ち会っていいわけがないだろ。
「仲間はずれだ! うわーん!」
「ちょっとサッカー部のことで大事な話があんだよ」
「怪しい……。すごーい怪しいんだけど」
「何でだよ。別にちょっと話すだけだって!」
「幼馴染に隠しごとしたら、滅! だからね?」
「漢字が怖いです」
奈夏には最後まで疑いの目を向けられたままだったが、理由をつけて強引に押し切った。
ホームルームが終わると、朝に話した女子たちからも「このあとカラオケいこー」なんて誘われたが、そっちも今日は先約があると断る。
高校初日だし、普段なら新しいクラスの連中と遊びに行くのも大歓迎だ。けど今は、友瀬から彼女とのことについて聞かなければ。
そんなわけで奈夏と別れた俺は、友瀬と二人で駅前のマックへ向かった。
※※ ※※ ※※
平日のマックは二階席も空いていて快適だった。揚げたてのポテトをつまみながらダブルチーズバーガーにかぶりつく。友瀬も向かいでナゲットとフィレオフィッシュを頬張っていた。
「――で。真央ちゃんとどこまでいったんだよ。そういう時期はとっくに過ぎたんだろ?」
「おいおい。いきなりぶっこんでくるねー」
友瀬はそう言いながら、チキンナゲットにバーベキューソースをつける。いつもならここで「マスタード一択だろ」と、その素晴らしさを懇々と説いてやるところだが。
「まー順当に恋人として関係を築いてるってカンジ。想像通りだと思うぞ」
「具体的には?」
「いや、さすがに詳しい内容まではちょっと……。まあ円満だよ」
へへ、と少し照れくさそうに頭をかく友瀬。その様子で俺は二人がどこまで進んでいるのかを察した。
「なあ友瀬。俺と奈夏の関係って、周りから見たらどうなんだろうな」
「関係? そりゃーあれだろ」
「あれって?」
「クソ陽キャリア充がイチャイチャしやがって。帰り道にコンビニ寄って一本のアイスを『一口ちょうだい』とかやるな。夕焼けの中でお互いの影をからかいあって楽しそうにしてんじゃねぇ。そんで別れ際にちゅーか? 格差社会にもほどがあるだろって」
「ひぇっ」
「特に、相手があの奈夏ちゃんじゃあなー。全男子が羨ましいってもんだろ」
その妙な解像度の高さは何なんだ。結構効くぞ。
「うーんと。つまり、一言でいうと?」
「まあ、誰もがうらやむ理想の幼馴染夫婦みたいなカンジ?」
けらけらと友瀬が声をもらす。俺も引きつった笑みを浮かべておくが、心から笑えない。友瀬は知らないだろうが――俺と奈夏は、進展しているようで全然していないのだから。
「なあ友瀬。驚くかもしれないが聞いてくれ」
「何だ?」
「そのだな……。さっき例え話で、別れ際にちゅーするんだろ、とか言ってたけどさ。そんなこと、俺たちは一切したことないんだよ」
「蓮斗。お前……」
「ヒくならヒけよ。この際構わん」
「――何言ってんだ。お前らが何一つ進展してないことなんて知ってるわ」
「」
やれやれと息を吐く友瀬。俺は開いた口が塞がらず、言葉が出てこなかった。
いや、なんとなく隠してたつもりではあったんだが……もしかして全部ばれてたのか。
「俺が童貞ってことも」
「知ってるわ」
「あれま」
……あーはいはい。そういうことかい。俺はこの円満リア充に遠回しに童貞をからかわれてたわけね。
「くくくっ……。ははっ」
「おい、笑うなよ! 俺のプライドがズタズタになるぞ」
そうだ。そもそも、高校生の本分は学業と部活動。別に童貞であることに一切非はないハズ。
「や、違う違う。童貞だから笑ってんじゃねーよ。お前さ、奈夏ちゃんからかってる時、毎回めちゃくちゃ楽しそうだから」
「そりゃ楽しいだろ。あいつ、ちょっと仕掛けただけで全部顔に出るんだぞ。あんな面白くて可愛い反応をされたら焦らせたくもなるだろ」
「そうそう。それそれ」
友瀬は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「お前、たぶん奈夏ちゃんをからかってるだけで満足してんじゃねーか」
「えっ」
「まあ二人が楽しそうだし、別にそういうとこはそのままでいいと思うけど。それだけじゃ恋愛的に進展は起きないかもな」
やっぱり友瀬はおちゃらけキャラのくせに、こういう本質をつかむ能力には長けている。だからこそ相談したわけだが……なるほど。『それだけじゃ』か。
「それに、お前たちは今一度自分の立ち位置を確認すべきだな!」
「ん。立ち位置?」
「そうそう。人気者だし、お互いモテる。特にお前は、芽衣ちゃんのことも考えるべきだ」
友瀬の言う通りで、俺はその問題も抱えている。芽衣はモデルまでやってるような美少女のくせに、昔から他の男にはほとんど興味を示さない。
俺への好意はあいつが中一の時から隠す気がなくて、奈夏との関係がいつまで経っても進まなくてチンタラしていることに、芽衣が一番苛立っている節すらある。
『関係進める気ないなら、あたしが本気で奪いますから』
そう何度も言われたくらいには、あいつの愛情は重いし、本気なのも分かってる。
「まあ、奈夏をからかうのはこれからも続けるつもりだが。その辺も含めてまた相談乗ってくれよ」
「もちのろんよ。俺はお前がそういうことで悩みだしたの、嬉しいぜ。面白くなりそうだ」
友瀬はニッと笑って頷いた。ただ面白がってるだけな気もしなくもないが、まあ頼りになるのは確かだ。
「迷ってるうちにふら〜っと奈夏ちゃん取られたら、お前だって嫌だろうしな」
「ああ。それはマッジで嫌だ」
あいつを焦らせたりからかったり、そばにいるのは絶対俺がいい。他のヤツに……なんて考えられない。
とは言ったものの、そんなことあるはずがない。筋金入りのピュアで、いまだにチューで赤ちゃんができると思ってるようなやつだ。そんな奈夏が他の男とどうこうなるなんて。
……まさかな。そんなことを考えながら、俺はふと窓の外へ目をやった。
「「――ぅえ?」」
ものの見事に友瀬と声が重なった。視線の先、駅前の歩道を奈夏が歩いている。その隣には、同じ制服を着た背の高い男子。
「え。あれって奈夏ちゃん?」
「……は」
清潔感のある髪型に人当たりのよさそうな笑顔で、いかにもカースト上位の爽やか系といった感じだ。ただ並んで歩いているだけじゃなく、二人とも楽しそうだった。
『幼馴染に隠しごとしたら、滅! だからね?』
奈夏の言葉を思い出す。そうだよな、隠し事はダメだよな。そんなあいつが俺に隠れて、実はキスとかしまくってて他の男とイチャラブして。
「……滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅」
「蓮斗!? 大丈夫か?」
「なあ友瀬。幼馴染NTRってさ、あれフィクションだよな?」
「えっ。あ、いや……無いとは言いきれないんじゃ」
「フィクションだぞ? あり得ない」
「……っ。まぁ、それは明日奈夏ちゃんに確かめてくれ」
さすがの友瀬も未曾有の事態に困惑しているのか、歯切れが悪い。そしてなんとも言えない空気の中無言でバーガーを頬張り、帰宅した。
その晩。俺の検索履歴は、
>幼馴染 からかいすぎて嫌われた
>幼馴染 彼氏できた 見分け方
>幼馴染 NTR 脳リハビリ
>幼馴染 NTR 訴える 手続き
といった具合に埋め尽くされ、結局そのまま脳が破壊され眠れずじまいだった。




