第2話 高校生の恋愛の山場はキスだろ?
無事に西岡大附属高校へ到着し、自分たちのクラスを確認する。二年生からは文理が分かれるので、ランダムなクラス分けは一年生だけだ。
「ねぇ、クラス離れたらどうしよう……。いーやーやだやだっ!」
と、どこかで聞いたようなダダのこね方をしていた奈夏だったが、貼り出されたクラス表を見てすっかりテンションが上がっている。
一年A組。白波瀬奈夏*出席番号13番。
一年A組。日高蓮斗*出席番号20番。
教室に入ってみると、まさかの隣の席で……みたいなイベは起きなかったものの、クラスは無事同じになった。そして、中学から仲のいい友人とも同じクラスになった。
「やった、蓮斗と一緒だ♪ しかも堀内くんも一緒だね!」
「おうよ! 仲良しグループが離れんくてよかったなー、蓮斗ぉ」
パックのなっちゃんオレンジを吸いながら、バシバシと肩を叩いてくる調子のいい男。
堀内友瀬。中学から付き合いのある親友だ。
西岡大附属高校には、そのまま中学から上がってくる内部進学組と、高校から入ってくる外部受験組がいる。俺と奈夏と友瀬は全員内部組。三年間同じ中学で過ごしてきた仲である。
特に友瀬とはサッカー部でもずっと一緒に戦ってきた仲だ。二人でツートップを組むことも多く、ポジション的にも相棒だった。
「というか友瀬。俺たち、また隣の席だな」
「運命感じちゃうな♡ 赤い糸で結ばれちゃってるぜぇ」
「ハサミ持ってるか?」
「切るなよ!」
お調子者の友瀬がボケて、俺があしらう。いつも通りのくだらないやり取りをしているうちに、気づけば周りには何人かのクラスメイトが集まっていた。
「ねーねっ。日高くんだよねっ? 私たち外部から来たんだけどサッカーめっちゃ上手いって聞いてて、仲良くなりたいなって」
「あたしもー。部長やってたんでしょ?」
「おう、よろしく。てか情報回るの早すぎない?」
昨今の情報社会とは恐ろしいものだ。SNSあるいは奈良県内の掲示板なんかで、俺のサッカー経歴はすでに嗅ぎつけられていた。
「ねえ日高くん。キミさー、彼女とかいるの?」
そんなアクセルを踏んだ質問まで飛んできたところで、背後から妙な圧を感じた。
ごごごごごご。メラメラメラ。
「奈夏? なんか背中の炎燃えてないか?」
振り返ると、少し離れたところで女子と話していた奈夏がこちらを見ている。さっきまで同じクラスになれたとはしゃいでいたくせに、今度は露骨にご機嫌斜めだ。
「むー。なんか面白くなーい」
「なんだよ。同じクラスだし不満ないだろ?」
「蓮斗、結局高校でも人気出るんじゃんかー」
俺に言われても知らんがな……。
こっちは普通にクラスメイトと喋っていただけなのだが、どうやらこの幼馴染にはお気に召さなかったらしい。
「いやいや、奈夏ちゃんだって人のこと言えんだろ~?」
「だよな友瀬。よく言った」
「む。余計なアシストしなくていいのにー」
「へへ。これがツートップの絆です♡」
そう、実際友瀬の言う通りだ。さっきから奈夏は女子に次々話しかけられているし、男子たちもちらちらと奈夏の方を見ている。
高校へ上がったところで、俺たちの立ち位置はそう大きく変わらないようだった。
※※ ※※
しゃらぁん。しゃらら。しゃらぁん。
入学式に流れる少しわざとらしい感動BGMは、それでも新しい春の高揚と緊張を与えてくれる。全校生徒が集まった体育館は、新入生代表の挨拶を待ち静まり返っていた。
そして――その時が訪れる。
「続いて、新入生代表の挨拶を行います。日高蓮斗くん、白波瀬奈夏さん」
「――はい」
俺と奈夏の返事が重なり、二人揃って席を立つ。新入生代表には中学時代の成績などを加味した結果、俺たち二人が選ばれていた。
いつもなら、こうして隣を歩く奈夏の耳元で意味ありげに囁いてみたり、ひとつくらい意味深ムーブを仕掛けてやるところだ。
しかし、さすがに六百人以上の視線が集まる入学式でそれをやれば、俺の高校生活が開始十分で終了しかねない。今日は大人しくしておこう。そう思い、ちらりと隣を見る。
普段のふわっとした雰囲気は鳴りを潜め、壇上へ向かう奈夏の横顔は凛としていた。こういう普段とのギャップが、昔から人の目を引く理由なんだろう。
壇上へ上がる直前、奈夏にちょいちょいと肩をつつかれる。
「ね、蓮斗。絶対噛まないでよ?」
「それ俺のセリフな。『あたたかな春のひじゃし』とか言うなよ」
「む。蓮斗こそ、『ぼきゅたち、わたちたちは』とかやめてね」
ほんの一瞬だけ、いつもの奈夏が戻った。
俺たちは演台の前まで進み、揃って一礼する。さすがにこれだけの人間から一斉に見られると壮観だが、奈夏はもう完全に切り替わっていた。
手元の紙を開き、マイクへ向かう。
「――暖かな春の日差しの中、私たちは今日、西岡大附属高校への入学の日を迎えることができました」
澄んだ声が体育館に響く。声量も、間の取り方も綺麗なものだ。さっきまで「いーやーやだやだっ!」とか言っていた人間とは思えない。
一区切り読み終えた奈夏が、こちらへ流し目を送る。さあ、俺の番だ。
「今日から始まる高校生活に、不安を感じている人もいると思います。それでも仲間たちと支え合いながら、かけがえのない三年間を築いていきたいと思います」
続いて奈夏が後半を読み、最後だけ二人で声を揃えた。
「「新入生一同、よろしくお願いいたします」」
深く頭を下げると、一拍遅れて体育館いっぱいに拍手が広がった。
顔を上げて隣を見る。奈夏もこちらを見ていて、にへらっとほんの少し得意げに笑っていた。どうやら無事、二人とも噛まずに大役を終えられたらしい。
その後もどーたらこーたらと長い校長の話が続く。そしてあっという間に入学式は終了。
ひとまず山は乗り越えたと心の中で呟く。しかし、でかい山がまた一つ――俺と幼馴染の前に立ちはだかった。
「――なぁ、さっき新入生代表やってた奈夏ちゃんだよな? 何部入る予定?」
「わっ!」
教室に戻ろうとする奈夏の腕をつかんで引き止める男が一人。振り返ると、金髪チャラ男DQNの典型のような身なりをした男が立っていた。ネクタイの色を見るに、先輩みたいだ。
「よかったら俺と一緒に陸上部入んね? 一から全部俺が教えてやっからさ〜」
「えっとぉ……いや」
残念だったなDQN先輩。奈夏のメインフィールドは陸ではなく水だ。大人しく諦めるといい。
「私、水泳部に入る予定なので。すみませんっ」
「待てって! ダイジョブダイジョブ、マネージャーでもいいから。んで放課後二人で遊んだりとかしよう。楽しいぜ」
やけに上から目線の言い方。そして周りの微妙な反応を見るに、あまり素行がいい先輩とは言えないようだ。部活勧誘を口実にナンパ……みたいなやつか。
恋愛ドラマなら、ここで「嫌がってるだろ?」と颯爽と割って入るとこだ。
ただ残念ながら、俺はわざわざ入学初日から上級生と衝突する程バイタリティがない。喧嘩なんてしないに越したことはないし、何より俺には俺なりの追い払い方がある。
「あの、すんません。奈夏はマネージャーじゃなくて選手なので」
「あ? お前もさっき喋ってたヤツか。……水泳やりながらでもマネできんだろ? 俺が奈夏ちゃんのことリードしてやっからさ」
「もし口説いてるつもりなら、ベビーカーの一つでも用意してから声かけた方がいいですよ。ではこれで失礼します」
「ゑ?」
その一言だけ言い残して、俺は奈夏の手をさっと取った。周りからは「ヒュー」「おあついねぇ」なんかのヤジが飛んでくるが、気にしない。
「ほら、行くぞ」
「えっ。ちょ、蓮斗」
先輩が状況を飲み込むより早く、そのままさっさと廊下を離れる。
「……ベビーカー? べ、べびーかー……?」
背後から混乱しきった呟きが聞こえてきたが、放っておこう。少し離れたあたりで、奈夏が慌てたように俺の顔を覗き込んできた。
「ねぇ。助けてくれたのはありがとうだけど……に、にゃに今の!?」
「いや。お前、いつも『赤ちゃんはどうするの!』とか気にしてるからさ」
「ふえ?」
「だから、あんたにその責任負う覚悟あんのかって言ってやったんだよ」
「ぐぎゅっ!?」
変な鳴き声を発する奈夏。そして、数秒かけて意味を理解した奈夏の頬が、じわじわと赤く染まっていく。
「ふーん。じゃあ、蓮斗にその覚悟ある? ベビーカーとかもう用意してる? なーんて……あはは……」
照れ隠しで何やらボソボソ独り言を呟く奈夏を引っ張り、俺は教室に戻る。ひとまずこの場を切り抜けられたのはよかったが、内心穏やかではなかった。懸念していた問題が起きたからだ。
――俺の幼馴染、男に狙われすぎ問題。
これはある意味必然なのだが、高校に上がれば、奈夏を狙う男は今まで以上に増えていくだろう。
周りからは俺と奈夏がデキていると思われているが、まだキスすらしたことがないと知れば目を丸くするだろう。
これはいよいよ、本腰入れて奈夏との関係を進めるべきなのだろうか?
そんなことを思った俺は、教室に戻って友人の友瀬に軽く相談してみることにした。こいつこそ、中一の時からずっと同じ彼女と付き合っている純愛厨なのだ。
「なあ友瀬。お前さ、彼女とは順調なの?」
「ん? なんだよ蓮斗ー。俺を取られて嫉妬してんのか〜?」
「違うわ。いや……そのだな。お前ってもう、真央ちゃんとキスとかした?」
やっぱり、高校生の恋愛の山場はキスだよな。そこに至るまで時を重ね、苦悶してやっとその行為に至る。そういうもんだと思う。
――しかし。友瀬は特に気を悪くした様子もなく、むしろ「何を今さら」とでも言いたげに眉を上げる。
「え。いや、キスとか会うたびしてるし……そんな時期もうとっくに過ぎてっけど」
「………ダニィ?」




