9話 不可逆となった日常への憧れ
恋と外出してから、二日が経ったか?
その間、一歩も外に出てない。それどころか、ゲームすらしていない。
やる気が起きないのだ。
恋の連絡も無視してしまっている。きっと心配かけているだろうな。
それにしても、自分が生きているかすらわからない。もう、とっくに死んでいるのかもしれない。それくらい、何もしていなかった。
何でもいい。
誰か、
僕を、
引っ張り出してくれ。
その僕の願いに呼応するように、コンテナハウスの扉がコンコンと鳴った。
龍也「ん?」
外に誰かいるみたいだ。こんな夜に、何の用なんだ?
久しぶりに立ち上がる。足の感覚はない。痺れ切ってふにゃふにゃだ。
龍也「誰……ですか?」
真莉「龍也くん!生きてますか!?」
龍也「うわああ!」
ドアを開けるといきなり真莉が飛び込んできた。胸に。何だこれは……。
真莉「よ、よかった……ぁ。恋さんから連絡を受けて、生存確認に来ちゃいました……」
龍也「あ、ああ。迷惑かけちゃってゴメン。それより離れてくれ。臭いだろうし」
真莉「そんなのどうでもいいです!今は龍也くんの生存がうれしいので」
龍也「そ、そうなの……か?でもいいから、離れてくれ!流石に近すぎる!」
真莉「あ……。ごめんなさい。つい」
凄い勢いだった。それはもう悩みが吹き飛ぶくらい凄い勢いだった。
健全な男子には刺激が強い。まさに「それなんてエロゲ?」だな。何か前にもこれ思った気がするけど。
そんなこと思考できるなら、もう大丈夫だろう。後で恋に連絡送っておこう。うん。
龍也「恋はなんて?」
真莉「えっと。”今の龍也を元気付けられるのは真莉ちゃんくらいだろうから、行ってあげて”だそうです」
なんて気遣いだ。恋には本当に頭が上がらない。
そして、それを実行してくれた真莉にも感謝しないとな。
龍也「汚いけど、上がって。今準備するから、今日はどこか一緒にお出掛けしない?」
僕の提案に、真莉は顔を明るくしてくれた。良かった。
さて、じゃあ臭い体を洗ってきますか!
◇
龍也「あ」
真莉「あ……」
しまった。いつもの癖で上裸のままリビングに来てしまった。そして視線の先には真莉。うーんセクハラ。通報。逮捕。死刑。
ビジョンが見えすぎてるな。これは死んだ。GGWP。今までありがとう世界。
真莉「あ、あの……。ごめんなさい!」
あちゃー。出てっちゃった。
これは大失態だ。うっかりしていた僕のミス。真莉は何も悪くない。逆に僕が加害者だ。
真莉は赤面して、隠している手の間からちらちらこっちを見て、いない。
流石の真莉。こういうところしっかりしてるな。
僕は急いで洗面所に置いてあった服一式を取り出し、さっさと着替えた。
いつまでも外に真莉を居させるわけにもいかないしな。
龍也「真莉……?もう大丈夫、着替えたから。と言うかさっきのは────」
真莉「私は何も見ていませんし何も考えてません!」
龍也「お、おう……」
余りの勢いにこの僕が気圧された。なんて圧だ。レスバの才能が……!
まあ僕は怖くて一生ROM専だけどね。
龍也「とにかく、一緒に来てほしい。ちょっとは面白い物見れるだろうし」
真莉「いいですけど、何処に行くんですか?」
龍也「そう!行くのは札幌オタクの聖地、ノルベサだ!!!!」
僕はあんまり方角が分からないまま、突飛な方向に指を堂々と刺した。
隣にいる真莉はポカンとしているまま────。
◇
さて、来たるはここ、ノルベサ。僕が一番来ている施設であり、敬愛する店がとても多くあるのが特徴だ。はっはっは!
なんと外にはあの一輪、中には駿河家とまんだらや!
なんて素晴らしいんだ。僕みたいなオタクがここに住んでいるのは運命だと言える。ありがとうございますいつも。
真莉「あ、ここ一回来た事あります……!」
龍也「なんとお目が高い。僕が一番愛する建物がここだぞ」
ちょっとコス衣装見たいな。いつか着てみたい気持ちが2mmくらいある。それと中古のゲームも見たいな。
最新ゲーム機のプラスチックパッケージもいいけど、やっぱり紙箱パッケージに引き寄せられるのが僕と言う存在だ。素晴らしいロマンしか詰まっていない。
はっ!テンション上がりすぎて、真莉を連れてきたのを忘れて楽しもうとしてしまった。ダメだダメ。
あくまでエスコートしないと。
龍也「じゃあ着いてきて。夜景を見に行こう」
真莉「わっ、ちょ、ちょっと待ってくだ、わあ!」
僕は真莉の手を引いて屋上まで上がっていった。もちろん、あそこに行くために。
◇
真莉「私は何を?私はなんでここに?」
目の前にいる真莉がめちゃくちゃ混乱している。強引過ぎたかもしれない。やっちゃった?
龍也「ま、真莉?生きてる?おーい」
真莉「あ、はい!いや、シンデマス!」
なんだこの可愛さは。僕が体験したことの無い可愛さがここにある。現実はなんて未知にあふれているんだ。
それはそれとして、今僕と真莉が座っているここは観覧車だ。
札幌の夜景を一望できる、屈指の観光名所。でも、個人的に気に入ってる。
僕はなんだかんだ言って、この札幌の夜景が好きだ。コンクリートジャングルって言われる東京ほど発展してないけど、そこには温かさがまだある。
冬の寒さと、雪景色の綺麗さ、そして道民の暖かさが、僕は大好きだ。
それが、真莉にも伝わるといいな。そう思ってここを選んだ。
龍也「こんな景色を見たら、感傷に浸りたくなるよね」
僕の一言で、ようやく真莉は外を見たみたいだ。
真莉「私のために、ここを……?」
龍也「当たり前!だって真莉が居なかったら本当に死んでたかもしれないし。だから僕の好きな景色を見せたくなっちゃったんだよね」
まあ、夜景なんてっていう意見もまあわかる。真莉もそうかもしれないし。
でもこういうのは体験だよな。まずまず屋上の観覧車ってすごい。
真莉「龍也くんって、変わってるけどやっぱり根は真っすぐ」
真莉「流石私の……」
龍也「あ、もしかしてつまらなかった?」
真莉のぼおっとした表情に、僕は不安になる。退屈だったのだろうか。
真莉「いえ!とっても嬉しいです!」
最高にロマンチックなこの状況。でも僕は残念ながらチキンらしい。気の利いた事一つも言えてない気がする。
まあ、行き過ぎてしまうよりマシか。
龍也「良かった。何か、この景色を見ている時は、陰謀だとかオタクだとか関係なく、昔に戻れる気がするんだ」
真莉「素敵ですね……。本当に。景色も、龍也くんの考えも」
素直に言われると照れるな。
龍也「あ、はは……」
ここで”君も素敵だよ”なんて言える奴が先に相手を幸せにできるんでしょうね!僕には出来ないけど!!!!!
そんな僕の不甲斐なさと反対に、観覧車は落下の準備を始めている。
さよなら頂点。次は男気をもって出直すことにするよ。
◇
真莉「ありがとうございます!こんな体験、出来ると思ってませんでした!」
龍也「気に入ってもらえてよかった。これでも内心不安だったからね」
良かった。とりあえず今日は成功……かな?
そう、ほっとした一瞬。真莉から目を離したその時、事は起きた。
「あ、すみません!」
SE:ぶつかる音
真莉「え、あ、きゃあああ!!!」
とっさの出来事。真莉が走って階段を下りようとしている人とぶつかり、足を踏み外して階段から転げ落ちそうになっている。
動け、体!!!
龍也「……ッ!!」
僕は持てる全てを賭けて、真莉の手を引っ張った。
龍也「だ、大丈夫!?」
最悪の事態は防げた。でも、少し腕をぶつけたようだ。大事にならないでよかった。
龍也「腕、大丈夫?少し見せて……」
あざになっていたら困る。できることは少ないだろうが、やれることはやらないと。
僕は普段からディストピア化への対策として、沢山の豆知識を蓄えている。こういう時の応急処置だってちょちょいのちょいだ。
そして僕は、真莉の服の裾を持って、肌を見ようとした。
その時────。
真莉「あ、や、やめて……」
僕の手は、払われてしまった。
ちらっと見えてしまった肌は、赤かったような気がする。でも、あざじゃない。直線だったような……?
そんなこと、今はどうだっていい。それよりも、世界が終わる時のような顔をしている真莉。
やめてくれ。そんな顔、しないでくれ。
真莉「あ。ご、めんなさい。こんな、最後に。ごめんなさい……」
龍也「待って!」
制止も空しく、真莉は颯爽といなくなってしまった。
僕の後悔だけを残して。




