8話 響く歪みの鐘
沢山引きこもって体が臭くなりだした頃、恋からメッセージがきた。
龍也「面倒ごとが舞い降りてきた……」
恋から連絡が来るなんて、絶対下界に連れ出そうとかそういうのだろう。
僕は外が嫌いだ。絶対出ないからな……!!!
ただでさえたまに来るサクラの対応がそれはもう面倒くさくてたまらないんだ。
恋『引きこもりさん、生きてる?』
コイツはホントに……。僕を何だと思っているんだ。ただの引きこもりじゃない。これでもしっかりバイトをしていたんだ。
学校の規則ではしちゃいけないから、バレてどちゃくそに怒られたけど。そしてバイトができなくなったけど。
龍也『シンデマス。蘇生には10000G必要です』
恋『はいはい。じゃあ明日遊びに行くってことね』
恋『駅に昼集合で。じゃあまた明日』
なんて早い取り決め。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。
────って、言ってる場合じゃない!!!!!
龍也「はあ。じゃあ今日は徹夜するのやめるか。シャワー浴びよ」
◇
早く着きすぎた……。
昼という超雑な時間の取り決めのせいで、いつ集合か曖昧なまま今日が来てしまった。
とりあえずいつもの集合場所である、札幌駅の謎の白いオブジェに腰を掛ける。他にも待ち合わせしている人がたくさんいる定番の場所だ。
そんなこんなでもう30分も待っている。早く来てくれないと困るぞ。恋さん……!!!!
恋「お待たせ~。それじゃあ行こう!」
龍也「待って!どこ行くかまだ教えてもらってないんだけど!?」
恋「あれ?言ってなかったっけ?」
恋は本気で忘れていたらしい。あのとぼけ顔は意図的じゃない方だ。
たまにやるんだよな。”わかってるよね?龍也?”って心を読ませようとしてくるの。大体わかるけど。
恋「行くのはスポッチャ!!さあ、体を動かそう!!」
あーあ。未来を指をさしちゃって。僕が運動苦手なの知ってるのに。
そして恋に手を引かれ、渋々シャトルバスに乗り込むのだった。
◇
バスに揺られながら、別に風情もない街中を走っていく。
恋は決まって窓側だ。どうやら景色が流れていくのが好きらしい。みたいなことを言ってたような気がする。
恋「ねえ、龍也。最近は大丈夫なの?」
龍也「大丈夫って、何が?」
急に恋の顔が真面目になる。どんな心境の変化だ?
恋「前はほら。オレ以外と話すと苦しそうだったじゃん。最近、真莉ちゃんもそうだけど皆と割と普通に話してるからさ」
ああ。それか。
僕はサテライトクラッシュの被害で親を亡くし、記憶もなくした。
そんな中、いろんな大人からたらい回しにされて、一時期人間不信になっていた。だから恋以外と話すと発作みたいに冷や汗が出る体質だったのだ。
そんな昔の話、まだ気にしててくれるなんて恋もお人よしが過ぎるな。
龍也「最近は良くなってきたよ。目を合わさなきゃどうってことない」
恋「それって対処法になってるの……?」
恋の呆れ顔の奥に、目的地が見えていた。こんな話、今から体を動かすのにしてもアレだからな。
龍也「そんなことより体動かすぞ、恋!」
恋「ん?ああ、そうだね!」
◇
いつも手間取るよくわからない受付端末をパスし、難なくスポッチャに入る。
さて、何からやるかな。
恋「龍也、まずは卓球からでしょ!」
恋はニッコニコで卓球のところまで駆けて行った。
こっちはまだ荷物すら預けてないのに。まあ後でいっか。今は着いていこう。
それから卓球・ビリヤード・ロデオ・テニスを連続でやりつくした。休みなしで。
龍也「う、うぇぇぇ……」
気持ち悪い……。久しぶりに体を動かしたら体がついてこなかった。今はベンチで休んでいる。
そして恋は今バッティングマシーンで遊んでいるみたいだ。
龍也「ま、マジかよ、最低限動いてるつもり、だったんだけどな……」
余りの疲労から頭痛がする。
だとしても、僕はこんなに動けなかったっけか?あまりにも弱りすぎ……かも。
あ、頭が、割れる……。
龍也「あ、あああ……」
恋「大丈夫か~?龍也?あ、あれ?おい、龍也?龍也!!!」
意識と現実が乖離した感覚に負け、意識がブラックアウトしていった。
でも、不思議と最後の景色はすっきりしていた。なんでだろうな。僕にはさっぱりだ。
◆
恋「龍也……。君はいつになったらオレのことをちゃんと見てくれるかな……」
声がする。懐かしい声だ。
いつから聞いていた声だろう。小学生?いや、もっと前だ。
分からないけど、ずっといた。
僕の、最高の、親友だ。
龍也「……っはああッ!!!」
寝ていた。いや違うか、気絶していた。
目の前にはいつもと違って時化た顔をしている恋がいる。珍しいこともあるものだ。
恋「あ、起きたか。まったく、ビックリさせないでよな」
そう言う恋の表情は引きつっている。心配させてしまったな。
それにしても、あの感覚はなんだったんだ。自分の意志とは関係なく、体がシャットダウンした様に倒れた。
医療の知識はないけど、おかしいのだけはわかる。きっとおかしいはずだ。
龍也「心配させちゃったな。それより、ここは?」
恋「ああ。ここは事務室。龍也が倒れたから貸してくれたんだ」
龍也「そっか。色々ありがとう」
いつも恋には迷惑をかけてばかりだな。結局、昔のことも発作があるから聞けないし。
いつか、きっと向き合わないと。自分の過去と、昔の恋に。
恋「今日はもう帰ろうか。心配だから送るよ」
龍也「なんか情けないな。でもお願い。一人で帰ったら逆に心配かけるだろし」
そして僕たちは、シャトルバスを使って札幌市街まで何とか戻るのだった。
◇
恋「うおっ……。散らかりすぎ……」
龍也「当たり前だろ、引きこもり中なんだから」
恥ずかしながら、今の家は人に見せられるものじゃない。恋じゃなかったらこうして上げることはなかっただろう。
特に真莉になんて見せられるわけがない。何だこの醜態。
恋「だとしてもデスクの缶くらい捨てなよ。すごいよこれ、シャンパンタワーみたいになってる」
龍也「へへん!それは時間かかった。二回くらい全部崩れた」
恋「はいそこ。美化しない」
恋は文句を言いつつ爆速で部屋を片付けていく。あれが神の手か。
そして30分もしない内にとってもきれいになってしまった。恋ってば恐ろしい子!
恋「散らかってるくせにゴミは何となく纏まってるから一瞬で終わった……。片付られないんだか片付られるんだかわからないやつ」
龍也「だから言ってるだろ?引きこもり中だからなの。引きこもってない時は綺麗だろ、いつも」
僕の反論に恋が膨れている。そんな不満だったのか。これは失敬。
なんて、おどけるのはここまでにしよう。今だから聞けるかもしれない。過去のこと。
龍也「そ、それより、さ。折角だから、聞かせてくれないか?昔のこと」
いきなりの真面目な話に、ちょっと恋はびっくりした様子を見せる。それでも、いつにない僕の表情を見て、恋も悟ったみたいだ。
恋「辛くなったら、すぐ言えよ?そしたら話すの止めるからさ」
恋「といっても、オレが知ってるのはそんな多くないんだけどな」
頭が軋む。世界がそれを知ることを拒むように、僕から情報を遠ざける。でも、それには屈しない。
今日はもう一回気絶してるんだ。その感覚が分かるならぎりぎり限界まで行けるだろ……!
恋「オレ達があったのは、保育園だった。何とその保育園では、マセた奴らが途中から来たオレを排斥しようとしてきた」
恋「その中、一人だけその風潮をぶった切る空気の読めないやつがいた。それが龍也。君だった」
龍也「は、ははは、流石僕だな……。社会に屈しない」
脂汗が噴き出るのが分かる。脳みそを直接刺されているみたいだ。クソが。痛すぎなんだよ……。
恋「大丈夫?今日はここまでにしておくか?」
龍也「気に、しないで。続けて……!」
思ったより大きい声が出てしまう。でも恋も僕のこの発作は知っているから、気にせず続けてくれた。
恋「それで、一緒に遊ぶようになってしばらくした時、あの事故が起きた」
うん。ここまでは知ってる。何回も聞いた。
サテライトクラッシュが起きて、その後僕に何があったのか。その真相に近づけば近づくほど頭痛は強くなる。
恋「その日は、珍しく龍也が休んだ日で、オレはずっと気掛かりだった……」
頭痛は更に痛みを増していく。でも、知りたいんだ。だから限界なんて……。関係ないだろ……!
恋「知らせを受けた時、オレは飛び出して大通公園へと遊びに行っていた龍也の元に駆けつけたんだ」
そう、だった気がする。僕は、あの日ズル休みして、お父さんと、お母さんと一緒に、大通公園に、遠足だって歩いていったんだ……。
恋「そしたら、周囲の人間は────」
あ、ああ。そうだ。そしたら、”アレ”を見て、僕は、僕……は。
【ダメ。それ以上聞いちゃいけない。貴方が壊れちゃう。】
サク、ラ?
僕はその声を聴いて、思考が停止してしまう。
それと一緒に、さっきまで指の隙間に掴みかけていた大切な記憶が、まるですり抜ける砂のように、するっと滑り落ちて消えていく。
────思い出せない。今、僕は何を思い出そうとしていたんだ?
脳がその矛盾を拒絶するように、激しい拒絶反応の悲鳴をあげた。
龍也「あああああああああああッ!!!!」
恋「龍也!?やっぱり、ダメだった……。オレが止めてれば……」
龍也「ご、めん。恋、帰ってくれ。僕は、大丈夫だから」
もう、心配をかけるわけにはいかない。今日はここでお開きだ。
正直、恋がなんか言ってるけど何も聞こえない。でも、何とか帰ってもらえた。
今日は、もう寝よう。




