END 『このむせ返るような幸せの中で』
……見るか。
少し怖くなりながらも、僕はレッドスクリーンを見た。
そこに書いていたのは、ただのエラーコードではなくて。記憶から抜け落ちていた、僕の病名を示すカルテだった。
”Congenital Alice in Wonderland Syndrome”
直訳して、”先天性不思議の国のアリス症候群”。そんなの……おかしいだろ?
僕は陰謀論にどっぷり漬かっていた時、この病気について調べたことがある。その時に、わかった事実。
───それは、この病気はウイルス疾患で副次的に起こる後天性の神経症のハズだ。
決して、僕はこの病気に対して専門的に詳しくはない。でも、それが異常だということは……わかってしまう。
僕は……普通じゃない……?
龍也「サクラ……。これは、一体どういうことなんだ?」
サクラ「待って龍也……!その嘘は───」
桜「そんなの、どうでもいいじゃない。それより龍也、こんなつまんない所抜け出しましょう?」
……そうだな。もう、疑問なんて持ちたくない。
ずっと、悩み続けてるんだ。それならいっそ、全部桜に預けて。何処までも疑問から逃げていたい。
この札幌にいるからダメなんだ。真実に近いからダメなんだ。
だから。
───僕は、その手を取った。
◇◇◇
三日後。桜はどこからかプライベートジェットを呼び出し、札幌を簡単に脱出した。
僕と桜は今、東京にいる。
桜の別荘だっていう家で、生活基盤をもう一度作ろうと頑張っている所だ。
……それにしても、でっかい家だなあ。パソコンもハイエンドだし。なんて快適なんだ!
龍也「なあ桜。仕事とかってどうするんだ?」
桜「私の経済力を舐めないでもらっていいかしら。大丈夫。養うわよ」
何処からその資金が出てるのかわからない。でも、そんなことどうでもいいか。些細な問題だ。
もう、疑問を持つことはやめたからな。
一ヶ月が過ぎて。
桜「龍也、ご飯……もちろん、用意しているわよね?」
サクラは毎日こうだった。夜になったら椅子に座って、僕のご飯を待つ。
僕もそれに答えるように料理を勉強した。今や想像した通りのご飯が作れるぞ。はっはっは!
龍也「ほら、出来たぞ」
今日作ったのはハンバーグ。桜はいつもつんつんしてるのに、ハンバーグを目にすると急に幼く顔がほころぶんだ。かわいいやつめ!
桜「ま、まあ?龍也にしては出来がいいんじゃない?」
そんな軽口をたたきながら二人でいただきますをした。
半年が過ぎて。
龍也「なあサクラ。札幌ってどうなったんだ?」
ふと気になったことを無意識のうちに聞いた。どうでもいいのにな。
だけど、たまに脳にあのコンテナハウスがちらつくんだ。長いこと居たせいだろう。
サクラ「札幌?知らないわよ。この家があるんだからいいでしょ?」
龍也「そうだな。そうだった」
もう、僕には関係ない話だ。今はこうやって、サクラと生活できていれば、それでいい。
そうして僕は気分転換に桜をデートに誘った。
龍也「おい桜。あれ見てみようぜ」
一年が過ぎて。
龍也「桜。大事な話がある」
僕は。この先の人生を、桜と一緒に過ごしたいんだ。
だから、今これを言わないといけない。
龍也「結婚しよう」
年齢的に早いかもしれないけど。僕にとって、もう桜には居なくなって欲しくないから。
桜はそれを聞いて、驚くことなく。どこか納得した表情をした。
桜「遅いわよ。馬鹿」
そして。彼女なりの了承をしてくれた。抱き着いてくる桜の体は、思ったよりずっと暖かくて愛おしかったんだ。
それに気づいた時には、もう止まれなくなってしまった。
三年が過ぎて。
桜「龍也……その。できたみたい」
桜お腹を押さえて、僕に報告してきた。
やっと。家庭を持てるんだな。このまま、ずっと桜と緒に。
僕はこのために色々準備をしていた。いろいろ学んで、家事だってできるようになって。
……子供には、良い名前を付けてあげたいな。
そして十月十日が過ぎて。
看護師に呼ばれて僕は分娩室に向かい。
頑張っている桜の姿を確かめたと同時に。
僕は。
その、赤ちゃんの血を見ると。
あの時のレッドスクリーンを。
───思い出した。
◇◇◇
龍也「え?」
空虚な札幌で、僕の手が空気を握る。
この断片がするりと夢のように駆け巡って脳から零れ落ちていった。
目の前にあった光景は、サクラと駆け落ちをしていたその時と全く一緒。
ただもう。そこには。一人ぼっちのコンテナハウスしか無く───。
その”真実”を直視することが、僕にはできなくて。
声にならない声をあげるとともに、僕は世界にまた嘘を吐いた。
僕が、生まれた直後。
もう、そこに彼女は居た。いつだって僕の傍に居て。
いつだって僕の日常を愉快にしてくれたんだ。
でも。それは長く続かなかった。幼稚園に入る頃。彼女はすっかり居なくなってしまって。記憶からも消えていた。
そして。”サテライトクラッシュ”が起きて。
僕の罪悪感が、頂点に達したころ。
僕は、僕の物語に彼女を作り出した。その、僕の罪の名を冠する彼女を。
それが。
シュイト・テッラ・サクラだ。
サクラルート-FIN




