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十三度目の春に、あなたの名前を呼ぶ  作者: くるみ
第二章 逃げても終わらない

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第六話 処刑場の下

 五度目の春には、エレナは黒竜より先に自分の死を調べることにした。最初の人生で見た白い螺旋は、死の直前まで知らなかったものだった。ならば、あれだけは黒竜とは別の仕掛けかもしれない。


 現在の王都図には、公開刑場はただ「西広場」と記されていた。五十年前の地図でも同じだった。百年前になると、広場の形が少し違う。さらに建国期の写本を広げた時、エレナは指を止めた。


 そこには「旧祭壇」と書かれていた。

 文字は小さく、後世の書き込みに半ば隠れている。周囲には今は存在しない建物が並び、大聖堂もまだ描かれていなかった。


「ここに祭壇があったんですね」


 司書補佐のリゼットは、地図へ顔を近づけた。五度目の人生でも、リゼットにとってエレナは初対面だった。


「ずいぶん古い話です。王都が今の形になる前でしょう。神殿の目録でも、この時代は欠けが多いです」

「何の祭壇ですか」

「そこまでは」


 リゼットは首を振った。


 エレナは地図を重ねた。位置は間違いない。一度目に自分が火刑にされた、あの石の処刑台の真下だ。

 ヴァルターは、その調査を知ると閲覧許可を取り上げようとした。


「刑場の来歴が、聖女の務めに何の関係があるのです」

「分からないから調べています」

「分からないことをすべて知る必要はありません」


 それを止めたのがセヴランだった。


「古い地図を見る程度で国は滅びません」


 穏やかな口調だった。ヴァルターは左眉の傷をわずかに歪め、不満そうに口を閉じた。


 その夜、エレナは書庫に一人残り、何枚もの地図を机へ広げた。窓の外では雨が降り始めていた。古紙には乾いた埃と革の匂いが染みついている。


 初めて、誰かが自分をあの場所へ連れていったのだと確信した。

 偶然ではない。

 聖女だから死んだだけでもない。

 一度目の処刑には、まだ知らない目的があった。


 確認のため、エレナは鐘楼裏の最古書庫でも建国期の地図を調べた。変色した羊皮紙には、現在の刑場と同じ位置に小さな四角があり、古い字で「祭壇」とだけ記されていた。神殿地下の封印祭壇とは別のものだった。


 一度目に自分が殺されたのは、処刑場だったからではない。祭壇だったからではないか。その疑いが、初めて確信に近づいた。


 建国期の地図を見つけたあと、エレナは旧祭壇について書かれた記録をさらに探した。だが、古い都市図にあるはずの説明書だけが欠けている。目録には題名が残っているのに、本棚には空きがあった。


「失われたんですか」


 リゼットは目録帳をもう一度めくり、眉を寄せた。


「少なくとも、私がここへ来た時にはありませんでした。目録にあるのに現物がないのは、私は嫌いです」


 誰かが意図して抜いたのか、単に何百年もの間に失われたのかは分からない。

 リゼットはしばらく考えたあと、棚から顔を上げた。


「神殿にないなら、王立文書院を当たってください。都市の測量図は、神殿よりあちらの方が古い写しを持っています」


 王立文書院は王宮の南、古い官庁街の端にあった。曇った窓と黒ずんだ石壁の建物で、入口をくぐると外より空気が乾いている。紙を守るため火気を厳しく制限しているせいで、冬でも廊下は冷たかった。


 院長のオズワルド・ハイネは五十八歳だった。銀の混じった濃い髪を後ろへ撫でつけ、細い銀縁の眼鏡をかけている。深い色の上着は古い型ながら仕立てがよく、細身の杖を机の脇へ立てていた。背筋は真っ直ぐで、立ち上がる時にわずかに左脚を庇ったが、その仕草まで妙に様になっている。若い頃はさぞ人目を引いただろうと、エレナは思った。


「フィオール嬢ですね。お待ちしていました」


 聖女様ではなく、姓に嬢をつけて呼ばれたことに、エレナは少し驚いた。


「聖女と呼ばないんですか」

「肩書きは目録に書けば足ります。人を呼ぶ時には名前の方が便利です」


 オズワルドはそう言って、古い測量図の箱を開けた。付き添ってきたリゼットが、いつもよりわずかに背筋を伸ばす。


「オズワルド先生、建国初期の西区測量図をお願いできますか」


 エレナは横から小声で尋ねた。


「リゼット、声がいつもより優しくないですか?」

「気のせいです」


 返事だけはいつも通り冷たかったが、耳が少し赤かった。オズワルドは聞こえなかったふりをして、眼鏡を掛けた。


 文書院の写しにも、旧祭壇の印は残っていた。しかし用途を説明する頁は、そこでも欠けていた。オズワルドは空白の参照欄を指でなぞった。


「人は、必要のなくなった記録から捨てます。そして三代もすれば、なぜ必要でなかったのかまで忘れる。文書院というのは、本来、その忘れ方を少し遅くするための場所です」


 答えそのものは得られなかった。それでも、神殿だけではなく王都全体の記録を遡る道が、ここで初めて開いた。


 代わりに、別の修道院から移された建築記録の中に、奇妙な一文を見つけた。


 旧祭壇は「第一の輪」の上に置かれた。


 それだけだった。

 第一の輪とは何なのか、説明はない。

 エレナは夜遅くまで書庫に残った。灯油が減り、燭台の火が小さくなっても帰らなかった。

 アルベルトが迎えに来たのは、鐘が十回鳴ったあとだった。


「明日もあります」

「でも、明日が何回あるか分からないんです」


 思わず言ってから、口を閉じた。

 この人生のアルベルトは、まだ何も知らない。


「何の話ですか」

「……何でもないです」


 彼は追及しなかった。

 書庫を出る時、エレナは地図を振り返った。


 王都は何度も作り変えられている。古い道の上に新しい道を敷き、祭壇の上に刑場を作り、かつて何のためにあった場所なのかを忘れていく。

 人の記憶も同じなのかもしれない。

 上から新しい説明を重ねれば、昔そこにあった意味は見えなくなる。

 それでも、石の下には残る。

 一度目の足元で光った螺旋のように。


 旧祭壇の意味を確かめきれないまま、季節は巡った。エレナは冬まで王都の記録を追い続けたが、黒竜が近づく頃になっても「第一の輪」が何を指すのかは分からなかった。


 翌春、西地区へ黒い魔力が流れ込んだ。避難する人々を広場から逃がしている最中、古い建物の壁が崩れた。エレナは子どもを押し出すことはできたが、自分までは間に合わなかった。


 石床へ倒れた右手の下で、掌の螺旋が白く灯った。光は指先から視界いっぱいに広がり、次の瞬間には、また春の雨が窓を叩いていた。

 六度目だった。

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