第8話『星降る宿屋の新人さん』
「……よ、よろしくお願いします」
朝。
星降る宿屋の厨房で、ミア・ルーゼは緊張した様子で頭を下げていた。
水色寄りの銀髪が、ふわりと揺れる。
「こちらこそよろしくね!」
リアは満面の笑みだった。
「わからないことあったら何でも聞いて!」
「は、はい……!」
ミアは慌てて頷く。
その様子を見ながら、セリアがニヤニヤ笑った。
「いやー、小動物みたい」
「せ、セリアさん……」
「緊張しなくていいって。ここそんな怖い宿じゃないし」
「……たぶん」
最後だけ小声だった。
「たぶんって何ですか!?」
リアが即ツッコミを入れる。
その時。
「ミア」
レインが静かに声をかけた。
「はいっ!?」
ビクッと肩が跳ねる。
「今日は無理しなくていいので、簡単なことからやりましょう」
「か、簡単なこと……」
「皿洗いとか」
ミアは少しだけ安心した顔になる。
「そ、それなら……!」
数分後。
ガシャーン!!
盛大な音が響いた。
「ひゃぁっ!?」
皿が床へ散らばる。
リアが固まる。
セリアが吹き出す。
ミアの顔は真っ青だった。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
今にも泣きそうである。
だが。
「怪我はないですか?」
レインはまずそこを確認した。
「え……?」
「皿よりそっちの方が大事なので」
ミアはぽかんと固まる。
普通なら怒られると思っていた。
失敗ばかりで、
今まで何度も怒鳴られてきたから。
「……っ」
胸の奥が少し熱くなる。
レインは割れた皿を拾いながら、静かに言った。
「最初から上手くできる人はいませんよ」
その言葉に。
ミアは小さく俯いたまま頷いた。
昼頃になると、宿はまた賑わい始める。
「リアちゃーん!」
「おすすめ定食追加!」
「はーい!」
リアが元気よく走り回る。
セリアは接客しながら冒険者たちと笑っている。
そして。
「ミア、パンお願いできますか?」
「は、はいっ!」
ミアも少しずつ動けるようになっていた。
ぎこちない。
遅い。
でも、一生懸命だった。
すると客席の冒険者が笑う。
「お、新人ちゃんか?」
「が、頑張れー!」
「っ……!」
ミアは顔を真っ赤にしながら、小さく頭を下げた。
その様子を見て、リアがふふっと笑う。
「なんか家族みたいですね」
その瞬間。
店内が少し静かになった。
ミアが目を丸くする。
セリアも驚いた顔をした。
だが。
「……そうですね」
レインが穏やかに頷いた。
その言葉に。
リアの胸が、少しだけ高鳴る。
家族。
昔は、
そんな空気の宿だった。
お父さんとお母さんがいて、
笑い声が絶えなくて。
でも二人がいなくなってから、
星降る宿屋はずっと静かだった。
――なのに今は。
笑い声がある。
温かい匂いがある。
帰ってきたくなる空気がある。
リアは少しだけ笑った。
「……うん。なんか、いいですね」
暖炉の火が揺れる。
星降る宿屋は今日も少しずつ、
“帰る場所”になっていく。




