第9話『また来たくなる宿』
朝の星降る宿屋。
窓から差し込む光が、木造の店内を優しく照らしていた。
「……すご」
ミア・ルーゼは、呆然と店内を見回していた。
昨日まで山積みだった皿。
乱雑だった棚。
軋んでいた椅子。
全部、綺麗になっている。
「レインさん……これ全部一人で?」
「朝は時間あるので」
「あるので、じゃないですよ!?」
リアが即座にツッコむ。
ちなみに現在時刻は朝六時。
リアとミアが起きた時には、
* 厨房掃除
* 客室整備
* 洗濯
* 朝食準備
* 備品修理
まで終わっていた。
意味がわからない。
「寝てます?」
リアが半目で聞く。
「寝てますよ」
「絶対短いですって!」
レインは少し考え込み――静かに答えた。
「四時間くらいでしょうか」
「やっぱり短い!!」
ミアは小さく震えていた。
「す、すごい……」
その時だった。
カラン、と扉の鈴が鳴る。
「お、やってるな!」
入ってきたのは、以前剣を修理した冒険者だった。
しかも今日は一人じゃない。
後ろに四人ほど連れている。
「ここが例の宿だ」
「マジで飯うまいの?」
「あと寝やすいって聞いた」
リアが目を丸くする。
「え、えっと……!」
男は笑いながら親指を立てた。
「おすすめした」
その一言に。
リアの胸が、じんわり温かくなる。
以前の星降る宿屋には、
そんなことはなかった。
紹介される宿じゃなかった。
“また来たい”
と思われる宿じゃなかった。
なのに今は違う。
「リア?」
レインの声で我に返る。
「席、案内お願いできますか?」
「は、はいっ!」
リアは慌てて笑顔を作る。
その姿を見ながら、セリアがニヤニヤしていた。
「最近リアちゃん楽しそうだねぇ」
「えっ」
「前より笑うようになった」
リアは少しだけ固まる。
「……そう、ですか?」
「うん」
セリアはカウンターへ肘をついた。
「前はずっと無理してた感じだった」
「…………」
リアは返事ができなかった。
図星だったから。
宿を守らなきゃ。
潰しちゃダメだ。
一人でも頑張らなきゃ。
ずっと、そればかり考えていた。
でも今は。
「リア、追加のパン焼けましたよ」
「は、はい!」
厨房からレインの声が聞こえる。
ミアが慌てて皿を運んでいる。
セリアは冒険者たちと笑っている。
……賑やかだった。
「…………」
リアは少しだけ目を細める。
その時。
「リアさん!」
ミアが小走りで近づいてきた。
「ど、どうしました?」
「お客様が……“また来たい”って」
リアの目が大きく揺れる。
「……え?」
ミアは少し嬉しそうに笑った。
「“ここ落ち着く”って」
その瞬間。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
星降る宿屋。
それは、
両親が残してくれた大切な場所。
そして今。
少しずつ、
誰かの“帰りたい場所”になり始めていた。




