第10話『この宿にいると落ち着く』
雨だった。
朝から降り続く雨が、星降る宿屋の屋根を静かに叩いている。
「うぅ……寒いですねぇ」
リアは肩を縮こませながら暖炉へ近づいた。
パチパチ、と薪が弾ける音が響く。
「紅茶どうぞ」
「ありがとうございます……って熱っ!?」
いつの間にか、レインが湯気立つ紅茶を置いていた。
しかも絶妙に良い香りがする。
「なんで毎回そんな完璧なんですか……」
「紅茶はA級なので」
「A級便利すぎません!?」
セリアが吹き出す。
「もう“全部A級”って称号にしたら?」
「嬉しくないですね」
レインは真顔だった。
そのやり取りを見ながら、ミアが小さく笑う。
少し前までは、
こんなふうに笑える余裕なんてなかった。
でも今は違う。
この宿にいると、不思議と安心する。
その時だった。
カラン、と扉が鳴る。
「……失礼する」
入ってきたのは、ずぶ濡れの旅人だった。
フードから雨水が落ちている。
かなり疲れているようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
リアが慌てて駆け寄る。
男は苦笑しながら答えた。
「近くの宿が満室でな……」
「空いてますよ!」
その瞬間。
男の顔から、明らかに力が抜けた。
「……助かった」
レインは静かにタオルを差し出す。
「温かいスープもすぐ出せます」
「本当か?」
「はい」
数分後。
旅人は暖炉の前で、湯気立つスープを飲んでいた。
「……っ」
一口飲んだ瞬間、目を見開く。
「美味い……」
身体の芯まで温まるようだった。
「生き返る……」
その呟きに、リアが少し嬉しそうに笑う。
最近、
こういう言葉を聞くことが増えた。
“また来たい”
“落ち着く”
“帰ってきたくなる”
それが嬉しかった。
すると旅人は、ふと周囲を見回した。
暖炉の火。
笑い声。
穏やかな空気。
そして。
自然に働いているレインたち。
「……なんか不思議な宿だな」
その言葉に、セリアが笑う。
「でしょ?」
「いや、本当に」
「普通、こんな安心できる宿そうないぞ」
旅人は静かに息を吐く。
「外はあんなに冷たいのにな」
その時。
レインが窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「雨の日だからこそ、帰る場所って大事ですから」
リアの胸が、少しだけ高鳴る。
帰る場所。
その言葉が、この宿にはよく似合う気がした。
「……レインさん」
「はい?」
「その……」
リアは少し迷い――小さく笑った。
「この宿、前より好きになりました」
レインは少しだけ目を丸くし――やがて穏やかに笑う。
「それは良かったです」
雨音はまだ続いている。
けれど星降る宿屋の中だけは、
今日も優しく温かかった。
そして。
そんな宿を求める人たちは、
少しずつ増え始めていた。




