第74話『英雄の違和感』
朝。
星降る宿屋には、
焼き立てパンの香りが広がっていた。
暖炉の火は小さく揺れ、
穏やかな時間が流れている。
だが。
一人だけ違った。
「…………」
A級冒険者アルベルト・レイヴン。
昨夜からずっと、
ある違和感を覚えていた。
窓際の席で朝食を取りながら、
視線は自然とレインへ向いてしまう。
「お待たせしました」
レインが料理を運ぶ。
動きは自然。
無駄がない。
そして何より――
隙がない。
(やっぱりな)
アルベルトは心の中で呟く。
長年戦場で生きてきた。
だから分かる。
ただ立っているだけでも分かる。
レインは戦える。
しかもかなり強い。
その時だった。
ガタン。
客席の椅子が少し傾く。
「あっ」
旅人が慌てる。
だが。
次の瞬間。
レインが自然に椅子を支えていた。
まるで予測していたような動き。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません!」
旅人は慌てて頭を下げる。
レインは笑って首を振った。
それだけだった。
だが。
アルベルトの目は細くなる。
(反応が速すぎる)
普通の人間ではない。
間違いなく。
その時。
「どうした?」
ガルドが笑う。
「難しい顔して」
アルベルトは苦笑した。
「いや」
そして暖炉前を見る。
皆が普通に食事している。
誰も気にしていない。
「お前ら本当に知らないのか?」
「何を?」
ユーリが首を傾げる。
アルベルトはレインを見る。
「この宿の店員」
「レイン?」
「そうだ」
暖炉前では全員が顔を見合わせた。
そして。
「いい奴」
「料理うまい」
「働き者」
「……優しい」
そんな答えが返ってきた。
アルベルトは思わず笑う。
確かに間違ってはいない。
だが。
それだけじゃない。
その時だった。
外から悲鳴が聞こえる。
「た、助けてくれ!」
店内がざわつく。
皆が外を見る。
街道側。
荷車が坂道を転がっていた。
子どもが一人、
進路上に立っている。
「危ない!」
リアが叫ぶ。
次の瞬間だった。
風が吹いた。
そう見えた。
気づけば。
レインが子どもを抱えて避難している。
荷車はそのまま通り過ぎた。
全員が固まる。
「…………」
静寂。
そして。
「すごーい!」
子どもが笑った。
レインは少し困ったように笑う。
「怪我なくて良かったです」
それだけ。
宿へ戻ろうとする。
だが。
アルベルトだけは見ていた。
あの速度。
あの踏み込み。
あれは――
「少し剣をやっていたレベルじゃないだろ……」
ぽつりと呟く。
暖炉の火が揺れる。
そしてA級冒険者アルベルトは確信した。
この宿には。
本物の英雄がいる。




