第73話『帰ってきた英雄』
夕方。
星降る宿屋には、
今日も暖かな灯りがともっていた。
暖炉前では、
ガルドたちがいつものように食事をしている。
「最近、王都の噂まで来るようになったな」
ガルドがパンをかじりながら言う。
「本当に広がってますね」
ミリアも苦笑した。
ギルドでも、
『星降る宿屋』
という名前を聞く機会が増えている。
その時だった。
カラン――。
扉が開く。
店内が少し静かになる。
入ってきたのは一人の男だった。
長身。
黒髪。
年齢は三十代前半。
腰には使い込まれた剣。
そして。
胸元には銀色の冒険者章。
「…………」
ただ立っているだけで分かる。
強い。
ガルドたちも思わず男を見る。
「おいおい……」
「まさか」
ユーリが目を丸くする。
ディオも珍しく反応した。
「……本物」
リアは首を傾げる。
「知り合いですか?」
するとガルドが驚いた顔で答えた。
「知り合いじゃねぇ」
「有名人だ」
店内がざわつく。
男の名は――
アルベルト・レイヴン。
王国でも名の知られたA級冒険者。
数々の魔物討伐を成し遂げた実力者だった。
「いらっしゃいませ!」
リアはいつも通り笑顔で迎える。
アルベルトは少し驚いたようだった。
有名人扱いされることに慣れていたからだ。
だが。
ここでは違う。
普通に迎えられる。
それが少し新鮮だった。
「一泊頼めるか」
「もちろんです!」
受付を終えた後。
アルベルトは暖炉の近くへ座った。
すると。
「お待たせしました」
レインが料理を運んでくる。
アルベルトは静かに料理を見る。
シチュー。
焼き立てパン。
優しい香り。
一口食べる。
そして。
「……なるほど」
小さく呟いた。
その瞬間。
ガルドたちが笑う。
「皆その反応するんだよな」
「そうなのか?」
「うまいからな」
暖炉前の空気が和む。
アルベルトは静かに周囲を見る。
笑う客。
穏やかな店員。
暖炉の火。
不思議な宿だった。
王都の高級宿より豪華ではない。
だが。
妙に落ち着く。
その時。
アルベルトはレインを見る。
厨房で自然に動く青年。
そして。
ふと気づく。
「…………」
歩き方。
立ち方。
視線。
ただの宿屋の店員ではない。
長年戦った者だけが持つ感覚。
「君」
アルベルトが声をかける。
「はい?」
レインが振り向く。
「昔、剣をやっていたか?」
店内が少し静かになる。
レインは少し考え――
「少しだけ」
と答えた。
その瞬間。
暖炉前の常連たちが吹き出した。
「少しじゃねぇだろ!」
「絶対違う!」
「……また始まった」
店内に笑い声が広がる。
だが。
アルベルトだけは笑っていなかった。
(少し……か)
彼は確信する。
この宿には、
まだ誰も知らない何かがある。
暖炉の火が揺れる。
そして。
王国の英雄の一人が、
星降る宿屋へ興味を持ち始めていた。




