第72話『広がる噂』
昼。
星降る宿屋には、
いつものように穏やかな時間が流れていた。
王都から届いた手紙の話は、
常連たちの間でちょっとした話題になっていた。
「しかし副団長から手紙かぁ」
ガルドが感心したように言う。
「レイン、思ったより偉かったんじゃないか?」
「違うと思います」
レインは即答した。
暖炉前では笑いが起こる。
「そこ否定するの早すぎだろ!」
「いや、本当に普通だったので」
「普通じゃない」
全員の意見が一致した。
その時だった。
カラン、と扉が鳴る。
「いらっしゃいませ!」
リアが笑顔で迎える。
入ってきたのは二人組の冒険者だった。
見覚えはない。
どうやら初めて来た客らしい。
「ここが星降る宿屋か」
「噂通りだな」
二人は店内を見回す。
暖炉。
木の椅子。
穏やかな空気。
そして。
自然に笑う人たち。
「噂?」
リアが首を傾げる。
すると冒険者は笑った。
「隣町まで聞こえてるぞ」
「えっ?」
「疲れた冒険者が元気になる宿」
「眠れる宿」
「帰ってきたくなる宿」
リアの顔が少し赤くなる。
「そ、そんな大げさな……」
「いや本当だ」
ガルドが頷いた。
「俺も最初そうだったし」
「同感」
ディオも静かに言う。
店内に笑いが広がる。
その時。
冒険者の一人がふと聞いた。
「あと、もう一つ噂がある」
「何ですか?」
リアが聞き返す。
冒険者は少し声を潜めた。
「この宿にはすごい聖騎士がいるって」
店内が静かになる。
数秒。
そして。
全員がレインを見る。
「……?」
本人だけが分かっていなかった。
「誰のことだろうな」
ガルドがニヤニヤする。
「不思議だな」
ユーリも笑う。
ミリアは紅茶を吹きそうになっていた。
リアは慌てて話題を変える。
「きょ、今日は何にしますか!?」
店内に笑い声が戻る。
だが。
誰も気づいていなかった。
王都からの手紙。
広がる噂。
戻ってくる英雄たち。
星降る宿屋は少しずつ、
ただの宿ではなくなり始めていた。
暖炉の火が静かに揺れる。
そしてレインは今日も変わらず、
厨房でパンを焼いていた。




