第67話『器用貧乏の真実』
王都騎士団本部。
会議室には重い空気が流れていた。
アレクスの言葉を聞いた騎士たちは、
誰もすぐに口を開けなかった。
「……本当に全部あいつが?」
若い騎士が呟く。
「はい」
アレクスは静かに頷いた。
そして机の上へ数枚の資料を置く。
「これはレインがいた頃の記録です」
騎士たちは資料を見る。
補給。
修理。
施設管理。
遠征準備。
訓練場整備。
驚くほど多い。
「待て」
一人の騎士が顔を上げる。
「これ、一人でやる量じゃないぞ」
「そうです」
アレクスは苦笑した。
「だから誰も気づかなかったんです」
当たり前になっていた。
問題が起きないのが普通だった。
全てが回るのが普通だった。
だが。
それはレインがいたからだった。
「…………」
団長は腕を組んだまま黙っている。
すると補給担当の騎士が小さく呟いた。
「そういえば……」
皆が振り向く。
「武器庫の管理も急に大変になったんだ」
「え?」
「前は整理されてた」
「必要な物もすぐ見つかった」
その言葉に。
別の騎士も頷く。
「遠征準備もそうだ」
「荷物不足が増えた」
「忘れ物も多い」
一つずつ。
少しずつ。
皆が思い出し始める。
そして気づく。
「あいつだったのか……」
誰かが呟いた。
会議室は静まり返る。
アレクスは辺境で見た光景を思い出していた。
暖炉。
笑い声。
穏やかな空気。
そして。
誰にも言われず動くレイン。
宿でも同じだった。
壊れた椅子を直す。
在庫を確認する。
客を気遣う。
全部自然だった。
「本人は気づいてませんでしたよ」
アレクスが小さく笑う。
「何がですか?」
若い騎士が聞く。
「自分が特別だということです」
静かな声だった。
レインは本気で思っている。
これくらい普通だと。
誰でもできると。
だから。
文句も言わなかった。
評価も求めなかった。
「…………」
会議室の空気がさらに重くなる。
その時。
団長がゆっくり口を開いた。
「今は何をしている?」
アレクスは少し笑った。
「宿屋です」
「宿屋?」
「辺境の宿で働いています」
その言葉に。
騎士たちは思わず顔を見合わせた。
誰よりも働いていた男が。
誰よりも役に立っていた男が。
今は宿屋にいる。
そして。
おそらく――幸せそうに。
アレクスは窓の外を見た。
(レイン)
王都では今になって、
ようやく君の価値に気づき始めている。
だが。
その頃。
星降る宿屋では――
「レインさん!」
「どうしました?」
「パンが足りません!」
「追加焼きます」
「お願いしまーす!」
暖炉の火が揺れる。
レインは今日も、
変わらず穏やかに働いていた。




