第6話『星降る宿屋の新しい日常』
朝の星降る宿屋。
まだ陽も昇りきっていない時間だというのに、厨房にはすでに灯りがついていた。
「……よし」
レインは静かに鍋を火へかける。
スープの仕込み。
パン生地の確認。
薬草の調整。
慣れた手つきだった。
その時。
「んぅ……」
入口近くの椅子で、小さく声が漏れる。
昨夜泊まっていた冒険者の一人が、眠そうに目を擦っていた。
「……あれ、俺いつの間に寝てた?」
「暖炉の前で寝落ちしてましたよ」
「マジか……」
男は苦笑しながら立ち上がり――次の瞬間、目を丸くする。
「……身体、軽っ」
昨日までの疲労感が嘘みたいに消えていた。
肩も痛くない。
足も重くない。
「なんだここ……」
思わず呟いた時だった。
「おはようございますっ!」
パタパタとリアが階段を降りてくる。
少し寝癖のついた金髪ショートボブ。
白エプロン姿。
「朝ご飯すぐ作りますね!」
「いや、もうできてますよ」
「えっ」
リアが厨房を見る。
そこには既に並べられた朝食。
焼きたてパン。
湯気立つスープ。
卵料理。
完璧だった。
「…………」
リアは静かにレインを見る。
「レインさんって寝てます?」
「寝てますよ?」
「絶対短いですよね!?」
レインは少し考える。
「四時間くらいでしょうか」
「短っ!?」
その時。
二階から勢いよく足音が響く。
「おっはよー!」
セリアだった。
赤髪ポニーテールを揺らしながら、豪快に席へ座る。
「朝飯ー!」
「元気ですね……」
「久々にちゃんと寝れたからね!」
セリアは満面の笑みだった。
「ベッドやばいってここ」
「あと風呂」
「あと飯」
「全部言ってますよ」
リアが苦笑する。
するとセリアは真顔でレインを指差した。
「絶対この人のせいでしょ」
「俺ですか?」
「普通じゃないもん」
レインは少し困ったように笑った。
その時だった。
カラン、と鈴が鳴る。
「……失礼する」
入ってきたのは、一人の女性冒険者だった。
フードを深く被っている。
かなり疲れた顔だ。
「宿泊を……お願いしたい」
「はい! もちろんです!」
リアが慌てて受付へ向かう。
だが女性は、ふらりとよろめいた。
「っ……」
倒れる。
――寸前。
レインが静かに支えていた。
「大丈夫ですか?」
「…………え?」
女性は目を見開く。
レインの手から、淡い光が溢れていた。
優しい聖属性の光。
その瞬間。
女性の苦しそうだった呼吸が、少しだけ落ち着く。
「今、回復魔法を……?」
「軽く疲労を取っただけです」
「軽く?」
セリアが呆れた顔をする。
女性冒険者は、信じられないものを見るようにレインを見つめていた。
聖属性魔法。
それもここまで自然な高位回復。
普通の人間にできることじゃない。
だがレイン本人は。
「リア、温かい飲み物お願いできますか?」
「は、はい!」
まるで大したことじゃないように動いている。
女性は静かに呟いた。
「……なんなんだ、この宿」
その声に。
セリアがニヤリと笑う。
「最近ここ、“帰りたくなる宿”って噂らしいよ?」
暖炉の火が揺れる。
温かな匂い。
柔らかな空気。
誰かの笑い声。
星降る宿屋には、少しずつ新しい日常が増え始めていた。




