第5話『宿に泊まりたい理由』
夜。
星降る宿屋は、昼とは違う静けさに包まれていた。
暖炉の火がゆっくり揺れ、
木造の店内を優しく照らしている。
「はぁぁ……」
リアはカウンターへ突っ伏した。
「つ、疲れましたぁ……」
「お疲れ様です」
向かい側で、レインが静かに紅茶を置く。
湯気の立つカップから、甘い香りが広がった。
「……なんでレインさんは平然としてるんですか」
「慣れてるので」
「その“慣れてる”の範囲が広すぎるんですよ……」
リアは半目になる。
今日だけで。
* 接客
* 料理
* 武器修理
* 客室掃除
* 洗濯
* 備品補修
全部やっていた。
しかも全部完璧。
「本当に何者なんですか……」
「元補助部隊です」
「補助部隊ってそんな何でもできるんですか?」
「俺は全部A級だったので」
「A級便利すぎません!?」
レインは少し困ったように笑った。
その時だった。
コンコン、と扉が鳴る。
「……こんな時間に?」
リアが首を傾げる。
レインが扉を開けると、そこには二人の冒険者が立っていた。
かなり疲れた様子だ。
「す、すまん……空いてるか?」
「空いてますよ」
「助かった……!」
男たちは心底安心したように息を吐く。
「他の宿、全部埋まっててさ……」
「野宿覚悟だったんだよ」
リアは慌てて受付へ向かう。
「すぐ準備します!」
「料理も出せますよ」
レインの言葉に、二人の顔が明るくなる。
「マジか!?」
「頼む!」
数十分後。
冒険者たちは夢中で料理を食べていた。
「……うまっ」
「なんだこのスープ」
さらに。
「ベッドふかふかすぎないか?」
「え、なんか身体軽い……」
そんな声まで聞こえてくる。
リアは少し驚いた顔でその様子を見ていた。
昔の星降る宿屋は、
ここまで喜ばれる宿じゃなかった。
もちろん悪い宿ではない。
でも、
“また来たい”
と言われる宿でもなかった。
なのに今は違う。
「……なんでだろ」
リアが小さく呟く。
すると隣で、レインが静かに答えた。
「安心できるからじゃないですか?」
「え?」
「宿って、帰って休む場所なので」
レインは暖炉を見つめながら続ける。
「料理が美味しいとか、ベッドが柔らかいとかも大事ですけど」
「はい」
「一番大事なのは、“ここなら大丈夫”って思えることだと思います」
リアは少しだけ目を見開いた。
“ここなら大丈夫”。
その言葉が、不思議なくらい胸に残る。
その時だった。
「リアちゃーん!」
セリアが二階から顔を出す。
「風呂すごくない!?」
「え?」
「疲れ全部飛んだんだけど!?」
リアは慌ててレインを見る。
「……何しました?」
「少し浄化魔法を」
「少しで何でそうなるんですか!?」
セリアは大笑いしながら階段を降りてくる。
「いやー、ここ最高かも!」
その言葉に。
リアは少しだけ照れくさそうに笑った。
昔から大好きだったこの宿。
でも今は。
もっと好きになっている気がした。
そして。
その理由は、きっと――
「レインさん、紅茶ありがとうございます」
「どういたしまして」
穏やかに笑うその人なのだと。
リアはまだ、気づいていなかった。




