第4話『看板娘の笑顔』
朝の星降る宿屋は忙しい。
「ミルク追加お願いしまーす!」
「パン焼けました!」
「朝食三人前いきます!」
――と言っても。
忙しそうに走り回っているのは、ほとんどリアだけだった。
「わわっ!?」
ガタンッ!
皿が傾く。
だが床へ落ちる寸前、後ろから伸びた手がそれを支えた。
「危ないですよ」
「あっ……」
リアが振り返る。
そこには、いつもの穏やかな顔をしたレインがいた。
「す、すみません……!」
「そんなに慌てなくても大丈夫です」
レインは自然な動作で皿を受け取り、そのまま客席へ運んでいく。
しかも。
「追加のスープです」
「ありがとうございます!」
「パンのおかわりも置いておきますね」
接客まで普通にこなしていた。
「なんでそんな自然なんですか……」
リアは呆然と呟く。
レインは首を傾げた。
「宿なので」
「いやそうなんですけど!」
その時。
カウンター席の冒険者たちが、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「なあリアちゃん」
「……はい?」
「その兄ちゃん、もう完全に宿の旦那だろ」
「ぶっ――!?」
リアが真っ赤になる。
「ち、違いますから!?」
一方レインは。
「旦那ではないですね」
真顔だった。
「いやそこ否定する!?」
リアは思わず叫んだ。
冒険者たちは大笑いしている。
「でもよぉ、最近この宿かなり良いぞ?」
「飯うまいし、寝やすいし」
「武器まで直るしな!」
「あと空気が落ち着く」
「妙に安心するんだよなぁ」
リアは驚いたように周囲を見る。
最近、本当にそういう声が増えていた。
昨日までガラガラだった宿に、少しずつ人が増えている。
空席だったテーブルも埋まり始めた。
「…………」
リアは小さくレインを見る。
彼はただ、静かに皿を洗っていた。
まるでそれが当たり前みたいに。
その時だった。
「リアちゃーん!」
入口から声が響く。
「セリアさん!?」
赤髪ポニーテールの女性が、大きく手を振りながら入ってきた。
軽装鎧。
冒険者用ブーツ。
明るい笑顔。
元気そのもの、という雰囲気だ。
「久しぶり! 最近客増えてるって聞いて来た!」
「そ、それがですね……!」
リアは勢いよくレインを指差した。
「この人なんです!」
「……俺ですか?」
セリアはじーっとレインを見る。
「へぇ?」
その視線は完全に、
“頼りなさそうな男を見る目”だった。
「宿員?」
「泊まってるだけです」
「ふーん……」
セリアは少し怪しそうに目を細める。
だが次の瞬間。
「はい、注文どうぞ」
レインが自然に水を置いた。
「……っ」
セリアの目が少しだけ変わる。
グラスは曇り一つない。
水温もちょうどいい。
何より、
動きに無駄がない。
冒険者だった彼女だからこそわかる。
「……なんかこの人、妙に“できる”」
レインは穏やかに笑う。
「料理ならすぐ作れますよ」
「へぇ? じゃあおすすめ」
「わかりました」
その数分後。
セリアの前に並べられた料理を見て、彼女は固まった。
「……いや待って」
湯気立つ肉料理。
香草スープ。
焼きたてパン。
香りだけでわかる。
美味い。
一口食べた瞬間。
「っっっ!?!?」
セリアが勢いよく立ち上がった。
「なにこれうっま!?」
店内に声が響く。
リアはなぜか誇らしげだった。
「ですよね!?」
「リアちゃんが作ったの!?」
「違います!!」
レインは静かにお茶を飲んでいる。
セリアはじーっと彼を見る。
「……ねえアンタ」
「はい?」
「本当にただの宿員?」
レインは少しだけ考え込み――静かに答えた。
「今は、そうですね」
その言葉に。
セリアはなぜか、少しだけ笑った。
「……なんか面白そうじゃん、この宿」




