第3話『この宿、なんかおかしい』
カラン、と鈴が鳴る。
「お邪魔するぞー」
昼過ぎ。
星降る宿屋へ、新たな客が入ってきた。
二人組の冒険者だ。
「……あれ?」
そのうちの一人が、不思議そうに周囲を見回した。
「なんかここ、前より綺麗じゃね?」
「え? そうか?」
「いや、空気違くないか?」
リアは受付で苦笑いする。
「き、気のせいですよー」
だが実際、
宿の空気は変わっていた。
床は磨かれ、
窓は綺麗になり、
暖炉の火加減まで安定している。
何より――
「落ち着くんだよなぁ……」
冒険者の一人が、椅子へ座りながら呟いた。
リアは少しだけ驚く。
実はそれ、
最近よく言われる言葉だった。
「この宿、なんか安心する」
「妙に寝やすい」
「疲れが抜ける」
理由はリアにもわからない。
ただ一つわかるのは――
「レインさん、また何かしました?」
厨房で皿を拭いていたレインへ視線を向ける。
「何かとは?」
「絶対何かしてますよね!?」
レインは少し考え込み――静かに答えた。
「宿全体に疲労軽減の結界を薄く張ったくらいです」
「くらい!?」
リアは頭を抱えた。
「結界って普通そんな気軽に張るものじゃないんですよ!?」
「そうなんですか?」
「そうなんです!!」
その時だった。
「リアちゃーん! 例の剣、見せてくれよ!」
昨日の冒険者が勢いよく入ってくる。
「あ、昨日の……」
男は興奮した様子で腰の剣を抜いた。
銀色の刃が、陽の光を反射する。
「見ろこれ! 新品どころか前より切れ味良くなってんだぞ!?」
「えぇぇ……」
リアは絶句した。
レインは平然としている。
「刃の重心を少し調整したので」
「調整でそんな変わる!?」
男は大笑いしながら椅子へ座った。
「いやマジで助かった! 今度仲間連れてくるわ!」
その言葉に、リアの動きが止まる。
「……え?」
「ん? ああ、昨日泊まった連中にも話したらさ、行ってみたいって」
レインは静かにお茶を置いた。
「ありがとうございます」
「いや、礼言うのはこっちだって!」
男は笑いながら料理を注文する。
その様子を見ながら、リアは呆然としていた。
……最近。
少しずつ客が増えている。
昨日まで空いていた席も、
今日は半分埋まっていた。
しかも皆、
帰る時に笑っている。
「…………」
リアは小さく俯いた。
星降る宿屋は、
ずっと苦しかった。
客は減り、
設備は古くなり、
お金も足りない。
それでも、
父と母から受け継いだこの宿だけは守りたかった。
だから必死だった。
一人でも。
でも――
「リア?」
レインの声で顔を上げる。
「どうしました?」
「……なんでも、ないです」
リアは慌てて笑顔を作った。
だが次の瞬間。
ぐぅぅぅ……
「…………」
「…………」
店内が静まり返る。
リアのお腹だった。
顔が一瞬で真っ赤になる。
「ち、違うんですこれは!」
「まだお昼食べてないんですか?」
「い、忙しくてその……」
レインは少しだけため息を吐き――厨房へ向かった。
数分後。
リアの前に、小さなオムレツが置かれる。
「食べてください」
ふわふわの卵。
優しい香り。
リアは目を丸くした。
「……これ、私に?」
「働く人が倒れたら困るので」
「…………」
リアは小さくスプーンを入れる。
ふわり、と卵が崩れた。
一口食べた瞬間。
「……っ」
自然と、目頭が熱くなる。
温かかった。
料理も。
空気も。
目の前の人も。
リアは慌てて顔を伏せる。
「……お、美味しいです」
「それならよかったです」
レインは穏やかに笑った。
その日。
星降る宿屋に、
少しだけ“日常”が戻ってきた。




