第65話『知らなかった価値』
翌朝。
星降る宿屋には、
いつものように焼き立てパンの香りが広がっていた。
暖炉の火。
穏やかな空気。
笑い声。
何も変わらない朝だった。
だが。
窓際の席に座るアレクスだけは違う。
「…………」
昨夜、
確信した。
レイン・クラウディア。
王都騎士団補助部隊の元隊員。
追放された男。
その本人だった。
その時。
「お待たせしました」
レインが朝食を運んでくる。
穏やかな表情。
自然な動作。
アレクスは思わず苦笑した。
「相変わらず働きすぎだな」
「?」
レインは首を傾げる。
もちろん意味は伝わっていない。
アレクスはそれ以上言わなかった。
そして。
朝食を食べながら、
宿の様子を眺める。
リアが笑う。
ミアがパンを並べる。
常連たちが騒ぐ。
皆が自然に動いている。
だが。
アレクスには見えていた。
「…………」
椅子の修理。
厨房の管理。
食材の発注。
宿の補修。
接客補助。
掃除。
在庫確認。
全部。
レインがさりげなく支えている。
誰にも気づかれないように。
当たり前みたいに。
その姿を見た瞬間。
アレクスは頭を抱えたくなった。
(本当に気づいてなかったのか……)
王都も同じだった。
皆。
レインがやるのを当たり前だと思っていた。
書類が揃う。
武器が直る。
補給が届く。
施設が整う。
全部。
勝手にできていると思っていた。
だが違う。
全部。
レインがやっていた。
「…………」
アレクスは深く息を吐く。
その時だった。
「アレクスさん?」
リアが首を傾げる。
「顔色悪いですよ?」
「いや……」
アレクスは苦笑した。
「少し反省しているだけだ」
「?」
リアには意味が分からない。
だが。
アレクスは暖炉の火を見つめた。
もし。
王都がレインの価値に気づいていたら。
今頃どうなっていただろう。
少なくとも。
追放なんてしなかったはずだ。
その時。
「紅茶どうぞ」
レインがカップを置く。
アレクスは静かに受け取った。
そして。
穏やかに働くレインを見る。
不思議だった。
本人は怒っていない。
恨んでもいない。
むしろ。
今の生活を気に入っているように見える。
「…………」
それが余計に胸に刺さった。
王都は失った。
だが。
この宿は得た。
暖炉の火が揺れる。
そしてアレクスは静かに思う。
(王都の連中がここを見たら……)
きっと。
後悔する。
そんな確信があった。




