第64話『王都の副団長』
夜。
星降る宿屋には、
暖かな灯りがともっていた。
暖炉前では、
ガルドたちがいつものように騒いでいる。
だが。
窓際の席に座る王都の男だけは、
静かに考え込んでいた。
「…………」
レイン。
その名前が頭から離れない。
騎士団。
追放。
万能な技術。
灰銀色の髪。
そして。
どこかで見た顔。
(まさか……)
男は紅茶を一口飲む。
記憶を辿る。
王都。
騎士団本部。
補助部隊。
様々な資料。
その中にいた青年。
「……レイン・クラウディア」
ぽつりと名前が漏れた。
その瞬間だった。
全てが繋がる。
「……本当にあいつなのか」
男は小さく息を呑む。
王都騎士団補助部隊。
誰よりも便利だった男。
誰よりも仕事を抱えていた男。
そして。
追放された男。
その時。
「どうかしましたか?」
リアが声をかける。
男は我に返った。
「いや」
そして少し苦笑する。
「昔の知り合いに似ていてな」
リアは首を傾げた。
だが深くは聞かなかった。
その後。
男は静かに厨房を見る。
レインはいつも通り料理を作っている。
穏やかな表情。
焦りもない。
怒りもない。
王都にいた頃より、
ずっと自然だった。
「…………」
男の名前はアレクス。
王都騎士団副団長。
かつてレインと何度も顔を合わせていた人物だった。
ただ。
補助部隊と本隊では接点が少ない。
だからすぐには思い出せなかった。
だが今は違う。
確信している。
(本当にここにいたのか)
王都では最近問題が起きていた。
補助部隊の仕事が回らない。
修理が遅れる。
補給管理が乱れる。
書類処理も滞る。
誰も理由を理解できなかった。
だが。
今なら分かる。
「全部あいつがやっていたのか……」
アレクスは頭を抱えた。
当時誰も気づかなかった。
レインがいなくなって初めて。
その異常さが見えてきたのだ。
その時。
「お待たせしました」
レインが料理を運んでくる。
アレクスは思わず顔を見る。
だが。
レインは気づかない。
いや。
覚えていないのかもしれない。
補助部隊と副団長では、
直接話した回数は少なかった。
「ありがとうございます」
アレクスは静かに料理を受け取る。
そして。
暖炉の火を見つめながら思う。
(王都の連中がこれを知ったら驚くだろうな)
目の前には。
追放された男。
だが。
今のレインは不幸そうではない。
むしろ。
王都にいた頃より、
ずっと穏やかだった。
暖炉の火が揺れる。
そしてアレクスは、
まだ誰にも言わないことを決めた。
今はただ。
この宿を見ていたかった。




