第50話『帰ってくる灯り』
夜。
街道には、
静かな風が吹いていた。
辺境へ続く道。
その先に、
小さな灯りが見える。
「……あれか」
旅商人の男が、
小さく呟いた。
《星降る宿屋》。
最近、
街でもよく名前を聞く宿だった。
“帰ってきたくなる宿”。
“眠れる宿”。
“疲れた人が笑って帰る宿”。
最初は噂だと思っていた。
だが。
「…………」
暖かな灯りを見た瞬間。
なぜか少しだけ、
安心した。
カラン、と扉が鳴る。
「いらっしゃいませ!」
リアの明るい声が響く。
暖炉前では、
いつもの常連たちが騒いでいた。
「今日寒すぎるだろ!」
「だからここ来た」
「……暖炉最強」
完全に帰宅している空気だった。
旅商人は少し戸惑う。
初めて来た宿なのに。
妙に落ち着く。
「空いてますよ!」
リアが笑顔で案内する。
その時。
「おっ、新人?」
「ここ飯うまいぞ」
「……寝れる」
暖炉前の常連たちが自然に話しかけてきた。
旅商人は思わず笑ってしまう。
「なんなんだこの宿……」
すると。
「よく言われます」
レインが平然と料理を置いた。
温かなシチュー。
焼き立てパン。
優しい香り。
旅商人は静かにスープを口へ運ぶ。
そして。
「……うまい」
自然に漏れた声。
その瞬間。
ふっと肩の力が抜けた。
暖炉の火が揺れる。
穏やかな空気。
笑い声。
誰も急がない時間。
「…………」
旅商人は静かに店内を見回す。
忙しそうに動きながら、
でも楽しそうなリア。
少しずつ自信をつけたミア。
仕事終わりに紅茶を飲むミリア。
騒がしい常連たち。
そして。
自然にそこにいる、
灰銀色の青年。
「不思議だな」
旅商人はぽつりと呟いた。
「初めて来たのに、“帰ってきた”感じがする」
その言葉に。
店内が少し静かになる。
リアは、
とても嬉しそうに笑った。
「……はい」
暖炉の火が揺れる。
少し前まで。
この宿は、
静かで小さな宿だった。
でも今は違う。
疲れた人が帰ってきて。
安心して。
また頑張れるようになる。
そして。
「また来ます」
そんな言葉を残していく。
星降る宿屋。
それはいつしか――
“英雄たちが帰ってくる場所”へ変わり始めていた。




