第46話『少しだけ眠れた顔』
朝。
星降る宿屋には、
柔らかな光が差し込んでいた。
暖炉の火は小さく揺れ、
焼き立てパンの香りが店内へ広がっている。
「……今日は静かですね」
リアが窓の外を見ながら呟く。
雨も止み、
久しぶりに穏やかな朝だった。
その時。
コツ、コツ、と階段を降りる音が聞こえる。
「おはようございます」
白ローブの女性だった。
銀色の髪。
透き通る青い瞳。
だが。
「……あ」
リアは小さく目を丸くする。
昨日までより、
表情がずっと柔らかい。
「おはようございます!」
リアが笑顔で迎える。
すると女性は、
少しだけ照れたように笑った。
「……久しぶりに、ちゃんと眠れました」
その言葉に。
暖炉前の常連たちが反応する。
「お、星降る宿屋デビュー成功だな」
「ここマジで寝れるからなー」
「……わかる」
ディオは今日も静かだった。
女性は少し戸惑いながら、
でも確かに笑っていた。
その時。
「今日は少し顔色良いですね」
レインが静かに紅茶を置く。
「……そう見えますか?」
「はい」
レインは穏やかに頷く。
女性は少しだけ視線を落とした。
本当に不思議だった。
ただ休んでいるだけなのに。
暖かい食事を食べて。
安心できる場所で眠って。
誰かに「無理しないでください」と言われるだけで。
こんなにも、
身体が軽くなるなんて。
その時。
「今日は出発するんですか?」
ミアが小さく尋ねる。
女性は少し迷ったあと、
静かに頷いた。
「……はい」
「街へ戻らないといけないので」
その声には、
もう昨日までの無理した硬さはなかった。
するとリアが少し寂しそうに笑う。
「そっかぁ……」
「ですが」
女性は静かに続けた。
「また来たいです」
暖炉の火が揺れる。
その瞬間。
リアの顔がぱっと明るくなった。
「はい!」
ガルドたちも笑う。
「常連候補だな」
「また暖炉前埋まるぞ」
「……席増やす?」
「増やしません!」
リアが慌ててツッコむ。
店内に笑い声が広がった。
女性は、
その空気を静かに見つめる。
暖炉。
木の香り。
優しい灯り。
そして。
自然に“また来たい”と思える場所。
「…………」
少し前まで。
自分は、
休むことを忘れていた。
でも今は違う。
また頑張れる。
また前を向ける。
そんなふうに思えた。
その時。
「気をつけて」
レインが静かに言う。
女性は小さく頷き――そして穏やかに笑った。
「……行ってきます」
その言葉は、
まるで“帰る場所”がある人の声だった。




