第45話『また頑張れるように』
夜。
星降る宿屋には、
静かな暖炉の音が響いていた。
白ローブの女性は、
窓際の席で静かに紅茶を飲んでいる。
最初に来た時より、
かなり表情が柔らかくなっていた。
「今日は顔色いいですね」
ミリアが苦笑しながら言う。
「……そうでしょうか?」
「最初は今にも倒れそうでしたし」
女性は少し困ったように笑った。
暖炉前では、
ガルドたちが騒いでいる。
「今日依頼キツかったー!」
「お前毎日言ってんな」
「……でも帰ってこれた」
ディオがぽつりと呟く。
その瞬間。
女性は小さく目を見開いた。
帰ってこれた。
その言葉が、
妙に胸へ残る。
少し前まで。
自分には、
“帰る場所”なんてなかった。
聖女として呼ばれて。
誰かを助けて。
また別の街へ行って。
休む暇もなく、
ずっと動き続けてきた。
だから。
「…………」
“帰ってくる”
という感覚が、
よくわからなかった。
その時。
「どうぞ」
レインが料理を置いた。
温かなシチュー。
焼き立てパン。
優しい香り。
女性は静かにスープを口へ運ぶ。
そして。
「……おいしい」
ぽつりと呟いた。
その声は、
どこか安心したようだった。
するとリアが笑顔になる。
「レインさんの料理、疲れてる時めちゃくちゃ沁みるんですよ!」
「それわかる」
「ここ来ると力抜けるんだよな」
常連たちも頷く。
暖炉の火が揺れる。
穏やかな空気。
誰も急がない時間。
女性は静かに周囲を見回した。
笑っている人たち。
安心した顔。
自然に交わされる、
“おかえり”と“また来る”。
「…………」
気づけば。
胸の奥に張っていたものが、
少しずつほどけていた。
その時だった。
「……ありがとうございました」
女性が小さく頭を下げる。
皆の視線が集まる。
「ここへ来るまで」
「少し、疲れていたみたいです」
その声は、
どこか自嘲気味だった。
すると。
「じゃあ今は休めてますね!」
リアがぱっと笑った。
その言葉に。
女性は少しだけ目を丸くする。
“休めている”。
そんなふうに思ったのは、
いつ以来だろう。
その時。
「また頑張れるようになるなら、それで十分です」
レインが静かに言った。
暖炉の火が揺れる。
その言葉は、
とても優しかった。
女性はしばらく俯き――やがて小さく笑った。
「……はい」
その笑顔は、
最初の日よりずっと自然だった。
星降る宿屋。
そこは今日も、
誰かが“また頑張れるようになる場所”だった。




