第44話『聖女のいない朝』
朝。
星降る宿屋には、
いつもの焼き立てパンの香りが広がっていた。
「……あれ?」
リアが食堂を見回して、
小さく首を傾げる。
窓際の席。
そこには、
いつも静かに紅茶を飲んでいた白ローブの女性の姿がなかった。
「もう出発したんでしょうか?」
ミアが小さく呟く。
「でも荷物まだありますよ?」
リアは少し不思議そうだった。
その時。
カラン、と扉が鳴る。
「おはよー」
「今日も寒っ」
ガルドたち常連組が入ってくる。
完全に朝の流れだった。
「昨日の聖女様っぽい人は?」
「まだ見てないですねぇ」
リアが答える。
すると。
「……外です」
レインが静かに言った。
「え?」
皆が窓の外を見る。
宿の裏庭。
そこには、
白ローブの女性が立っていた。
「…………」
静かな朝だった。
雨上がりの空気。
濡れた草。
柔らかな光。
女性は、
ぼんやり空を見上げている。
その横顔は、
どこか寂しそうだった。
「……大丈夫かな」
リアが少し心配そうに呟く。
その時だった。
女性の身体が、
小さく揺れた。
「っ……!」
リアが息を呑む。
倒れそうになる女性を、
レインが静かに支えていた。
「無理しすぎです」
女性は苦笑した。
「……少し立ちくらみしただけです」
「熱下がった直後なので」
レインは穏やかに言う。
怒っていない。
でも。
少しだけ心配している声だった。
女性は静かに俯いた。
「…………」
ずっと、
無理をしてきた。
誰かを支えるのが当たり前だった。
休むより、
動く方が先だった。
だから。
止まり方がわからない。
その時。
「おはようございますー!」
リアが勢いよく外へ飛び出してきた。
「朝ごはんできてますよ!」
その明るい声に、
女性が少し目を丸くする。
続けて。
「今日はちゃんと座って食べてください!」
ミリアも苦笑しながら続いた。
「倒れたらレインさんがまた心配しますよ」
「…………え?」
女性が少し驚く。
すると暖炉前から、
ガルドの声まで飛んできた。
「病み上がりはちゃんと食えー!」
「ここ飯うまいから治り早いぞ!」
「……パンおすすめ」
店内に笑い声が広がる。
女性は、
しばらく呆然としていた。
こんなふうに、
当たり前みたいに気にかけられるのは久しぶりだった。
その時。
「戻りましょう」
レインが静かに言う。
暖炉の火。
焼き立てパン。
穏やかな空気。
そして。
「おかえりなさい」
自然にそう言ってくれる人たち。
女性は小さく目を閉じ――やがて静かに笑った。
「……はい」
その笑顔は、
最初の日よりずっと柔らかかった。




