第43話『無理をしないでください』
夜。
星降る宿屋には、
静かな時間が流れていた。
雨は止み、
窓の外には澄んだ夜空が広がっている。
暖炉前では、
常連たちがゆっくり食事をしていた。
「今日は静かだなー」
「雨の次の日って感じする」
ガルドが伸びをする。
その時。
「…………」
白ローブの女性が、
一人で窓際へ座っていた。
銀色の髪。
透き通る青い瞳。
だが。
どこか落ち着かない。
「……大丈夫ですか?」
リアが心配そうに声をかける。
女性は少しだけ笑った。
「大丈夫です」
そう答える声は、
優しい。
けれど。
“慣れている”
ようにも聞こえた。
無理をして、
大丈夫と言うことに。
その時。
「紅茶、どうぞ」
レインが静かにカップを置く。
女性は少し驚いた顔をする。
「……ありがとうございます」
温かな湯気が立ち上る。
しばらく沈黙。
やがて。
「……変な宿ですね」
女性がぽつりと呟いた。
「よく言われます」
レインは平然としていた。
暖炉前では、
ガルドたちが笑っている。
その空気を見ながら、
女性は小さく息を吐いた。
「普通、ここまで他人を気にしません」
「そうでしょうか?」
「ええ」
女性は静かに紅茶を見る。
今まで。
ずっと誰かを支える側だった。
怪我人。
孤児。
街の人たち。
“聖女”として、
休まず動き続けてきた。
だから。
「…………」
自分が休むことに、
慣れていない。
その時だった。
「無理をしないでください」
レインが静かに言った。
女性の肩が、
小さく揺れる。
暖炉の火が揺れた。
「休める時に休まないと」
「そのうち、本当に動けなくなるので」
その言葉は、
とても静かだった。
けれど。
妙に胸へ残る。
女性は少し俯いた。
「……皆、私には“頑張ってください”って言うんです」
聖女だから。
支える側だから。
強くなきゃいけないから。
でも。
「休んでもいいって言われたの、久しぶりです」
ぽつりと漏れた本音。
その瞬間。
店内が少し静かになる。
リアは優しく笑った。
「ここでは、ちゃんと休んでください」
ミアも小さく頷く。
「……無理、しすぎは良くないです」
暖炉前では、
ガルドたちまで真面目に頷いていた。
「倒れるとマジでキツいからな」
「わかる」
「……休息大事」
女性は少し目を丸くし――やがて小さく笑った。
その笑顔は、
昨日よりずっと柔らかかった。
暖炉の火が揺れる。
星降る宿屋。
そこは今日も、
“休んでもいい場所”であり続けていた。




