第39話『眠れなかった夜』
夜。
外は静かな雨だった。
しとしとと降り続く雨音が、
星降る宿屋を優しく包んでいる。
暖炉前では、
ガルドたち常連組が食事をしていた。
「最近雨多いなー」
「その分ここ居心地いいけど」
ユーリが伸びをする。
すると。
カラン、と扉が鳴った。
「……泊まれますか」
入ってきたのは、
黒髪の女性冒険者だった。
装備は立派だ。
だが。
その表情はかなり疲れている。
「もちろんです!」
リアが笑顔で迎える。
女性は軽く頭を下げると、
静かに席へ座った。
けれど。
「…………」
どこか落ち着かない様子だった。
周囲を警戒している。
肩の力も抜けていない。
するとレインが、
静かに温かい紅茶を置いた。
「今日は冷えるので」
「……ありがとうございます」
女性は少し驚いた顔をする。
そして。
恐る恐る紅茶を飲み――小さく息を吐いた。
「……あったかい」
その瞬間。
ほんの少しだけ、
肩の力が抜けた気がした。
暖炉の火が揺れる。
木の香り。
穏やかな空気。
不思議だった。
初めて来た宿なのに、
妙に落ち着く。
その夜。
女性冒険者は、
客室のベッドへ横になった。
「…………」
眠れない。
本当なら、
疲れてすぐ寝落ちするはずだった。
でも。
最近ずっとそうだ。
依頼失敗。
仲間との衝突。
積み重なる疲れ。
気を張ったまま、
眠れなくなっていた。
だが。
今日は少し違った。
階下から聞こえる、
微かな食器の音。
暖炉の薪が弾ける音。
誰かの笑い声。
そして。
「…………」
安心できる空気。
まるで。
“休んでもいい”
と言われているみたいだった。
気づけば。
女性冒険者は、
ゆっくり目を閉じていた。
翌朝。
食堂へ降りてきた女性は、
少し驚いた顔をしていた。
「……寝れましたか?」
リアが笑顔で聞く。
女性は静かに頷いた。
「……久しぶりに」
その声は、
昨日よりずっと軽かった。
暖炉前では、
既にガルドたちが騒いでいる。
「お、新人さんおはよー」
「ここ寝れるだろ?」
「……わかる」
女性は少し戸惑いながら、
やがて小さく笑った。
「……不思議な宿ですね」
すると。
「よく言われます」
レインが平然と言った。
店内に笑い声が広がる。
女性冒険者は、
静かに店内を見回した。
暖炉。
穏やかな空気。
自然に笑う人たち。
そして。
帰ってきたくなる場所。
「…………」
女性は小さく息を吐き――そして静かに呟く。
「……また来ます」
その言葉に。
リアはとても嬉しそうに笑った。




