第37話『また来ます』
昼。
星降る宿屋には、
焼き立てパンの香りが広がっていた。
「……緊張します」
ミアが小さく呟く。
今日は、
彼女が朝から焼いたパンが並んでいた。
少し甘めの生地。
ふわっと柔らかい焼き上がり。
昨夜、
何度も練習していたものだ。
「大丈夫だよ!」
リアが笑顔で背中を押す。
「絶対美味しいから!」
「っ……」
ミアは少しだけ頬を赤くした。
その時。
カラン、と扉が鳴る。
「飯ー!」
「今日はパンある?」
「……腹減った」
常連冒険者組だった。
完全にいつもの流れである。
「今日はミアの新作パンありますよ!」
リアがぱっと笑顔になる。
その瞬間。
ミアの肩がビクッと跳ねた。
「り、リアさん……!」
「大丈夫大丈夫!」
リアは楽しそうだった。
するとガルドが笑う。
「お、新作?」
「じゃあ食う!」
ユーリも興味津々だ。
「ミアちゃんのパン最近うまいんだよな」
「…………」
ミアの顔がさらに赤くなる。
やがて。
焼き立てのパンが運ばれる。
暖かな香り。
ふわっと柔らかな生地。
ガルドは迷わず一口食べ――そして目を丸くした。
「……うまっ」
「お?」
ユーリも食べる。
「え、めっちゃ良くなってる」
ディオも静かに頷いた。
「……好き」
その瞬間。
ミアの青緑の瞳が、
少し大きく揺れる。
「……ほ、本当ですか?」
「マジで」
「これ売れるだろ」
「前より柔らかくなってる」
次々に飛んでくる感想。
ミアは戸惑ったようにパンを見る。
昨夜。
失敗して。
悩んで。
何度も焼き直した。
その時間が、
ちゃんと形になっていた。
すると。
「ミア」
レインが静かに声をかける。
「はい」
「ミアらしいパンになってます」
その言葉に。
胸の奥が、
じんわり熱くなる。
“失敗しないパン”
じゃなく。
“ミアらしいパン”。
それが、
少しだけ嬉しかった。
その時だった。
カラン、と扉が鳴る。
昨日泊まっていた女性冒険者だった。
出発前らしい。
「お世話になりました」
そう言って頭を下げ――そして少し迷った後。
「……また来ます」
小さく笑った。
その瞬間。
リアも笑顔になる。
「はい! 待ってます!」
暖炉の火が揺れる。
笑い声。
焼き立てパンの香り。
そして。
自然に増えていく、
“また来ます”という言葉。
星降る宿屋は今日も、
少しずつ誰かの帰る場所になっていた。




