↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/83

第36話『見えない努力』

夜。


星降る宿屋は、

静かな時間に包まれていた。


最後の客を見送ったあと。


暖炉の火だけが、

店内を優しく照らしている。


「お疲れ様でしたぁ……」


リアがカウンターへ突っ伏した。


「今日は混みましたね」


ミリアも小さく息を吐く。


最近、

本当に客が増えた。


ギルドで噂になってからは特にだ。


「でも今日はパン全部なくなりました……!」


ミアが少し嬉しそうに笑う。


以前なら考えられなかった。


自分の作ったパンが全部出るなんて。


「すごいじゃんミア!」


リアがぱっと顔を上げる。


「常連さん、最近ミアのパンよく頼むよね!」


「っ……」


ミアの顔が少し赤くなる。


すると。


「発酵かなり安定してきました」


レインが静かに言った。


「焼き加減も良いです」


「……ほ、本当ですか?」


「はい」


レインは穏やかに頷く。


その言葉だけで、

胸の奥がじんわり温かくなる。


だが。


「…………」


ミアは少しだけ視線を落とした。


まだ足りない。


まだもっとできる。


そんな気持ちがあった。


その夜。


皆が寝静まった後。


厨房には小さな灯りがついていた。


「……もう少し」


ミアだった。


一人でパン生地をこねている。


静かな夜。


薪の音だけが響く。


昼間、

少し焼き色が uneven だった。


形もまだ不揃い。


だから。


もっと上手くなりたい。


「…………」


星降る宿屋へ来る前。


自分には何もなかった。


自信も。

居場所も。


でも今は違う。


「また来るね」


「パン美味しかった」


そんな言葉が、

少しずつ増えてきた。


だから。


ちゃんと応えられるようになりたい。


その時だった。


「まだ起きてたんですね」


「ひゃっ!?」


ミアが飛び上がる。


振り返ると、

レインが静かに立っていた。


「レ、レインさん……!」


「すみません、驚かせました?」


「い、いえ……!」


ミアは慌てて失敗気味のパンを隠そうとする。


だが。


レインは小さく目を細めた。


「……かなり良くなってますね」


「え?」


「生地、前より柔らかいです」


ミアは目を丸くする。


そんな細かい違い、

誰にもわからないと思っていた。


「……見てたんですか?」


「毎日見てるので」


レインは穏やかに笑った。


その言葉に、

胸が少し熱くなる。


「でも」


レインは静かに続ける。


「ミアは頑張りすぎるので」


「……え?」


「少し力抜いた方が、ミアらしいパンになると思います」


暖炉の火が揺れる。


ミアは静かにパンを見る。


ずっと、

失敗しないように作っていた。


迷惑をかけないように。


ちゃんとできるように。


でも。


「…………」


もっと楽しんでもいいのかもしれない。


その時だった。


「……いい匂い」


入口から、

眠そうなリアが顔を出した。


「また練習してたの?」


「っ……!」


ミアの顔が赤くなる。


するとリアは、

焼き上がったパンを見て目を輝かせた。


「わぁ……!」


そして。


「これ、絶対お客さん好きになるよ」


その言葉に。


ミアは小さく――でも確かに笑った。


星降る宿屋の夜は、

今日も優しく温かかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。