第35話『ただいまの増える宿』
夕方。
星降る宿屋には、
今日も暖かな灯りがともっていた。
外は少し冷えている。
そのせいか、
宿の中の暖かさがいつも以上に心地良い。
カラン、と扉が鳴る。
「ただいまー!」
元気な声と共に入ってきたのは、
ユーリだった。
その瞬間。
リアが思わず固まる。
「…………」
そして数秒後。
「……今、“ただいま”って言いました?」
「あ」
ユーリ本人も気づいたらしい。
「いや、なんか自然に」
暖炉前では、
ガルドが大笑いしていた。
「ははっ! ついに言ったか!」
「お前も完全に常連だな!」
「いや前からだろ」
ミリアが紅茶を飲みながらツッコむ。
店内に笑い声が広がる。
すると。
カラン、と再び扉が鳴った。
「……こんばんは」
仕事帰りのミリアだった。
疲れているはずなのに、
星降る宿屋へ入った瞬間だけ少し表情が柔らかくなる。
「ミリアさん!」
リアが笑顔で迎える。
そして。
「おかえりなさい」
レインが自然にそう言った。
「…………」
ミリアの動きが、
少しだけ止まる。
暖炉の火。
焼き立てパンの香り。
穏やかな空気。
そして。
当たり前みたいに返ってくる、
“おかえり”という言葉。
「……ほんと不思議ですね」
ミリアは小さく笑った。
「何がですか?」
「最初は、ただ休める場所だと思ってたんです」
でも今は違う。
疲れた時。
嫌なことがあった時。
無意識に、
ここへ来てしまう。
「…………」
ミリアは静かに店内を見回す。
暖炉前では、
ガルドたちが騒いでいる。
ミアは少しずつ、
自然に笑えるようになっていた。
リアも、
前よりずっと柔らかい表情をしている。
そして。
厨房には、
穏やかに料理を作る灰銀色の青年。
「……帰ってきたくなるんですよね」
ぽつりと漏れた本音。
その瞬間。
リアが少し照れながら笑った。
「……はい」
その時だった。
「リアちゃん追加ー!」
「シチューおかわり!」
「……パン」
「はーい!」
リアは慌てて走っていく。
その後ろ姿を見ながら、
ミリアは小さく笑った。
少し前まで。
この宿は、
静かで寂しい場所だった。
でも今は違う。
笑い声があって。
“ただいま”があって。
誰かが帰ってくる。
星降る宿屋。
それは今日も、
誰かの“帰る場所”になっていた。




