第33話『眠れる宿』
夜。
外は静かな雨だった。
しとしとと降り続く雨音が、
星降る宿屋の窓を優しく叩いている。
暖炉の火は穏やかに揺れ、
宿の中には温かな空気が広がっていた。
「……ふぁぁ」
リアが小さく欠伸をする。
「眠そうですね」
レインが紅茶を置きながら言った。
「今日はずっと雨ですからねぇ……」
雨の日の宿は、
不思議と時間がゆっくり流れる。
客もいつもより静かだった。
暖炉前では、
ガルドたち常連組がくつろいでいる。
「……この宿さ」
ガルドがぽつりと呟いた。
「めちゃくちゃ眠くなるよな」
「わかる」
「他の宿となんか違う」
ユーリとディオも頷く。
するとミリアが苦笑した。
「ギルドでも噂ですよ」
「なんて?」
「“星降る宿屋は異常に眠れる”って」
その瞬間。
リアが吹き出した。
「なんですかそれ!?」
「いや本当なんだって!」
「ベッド入った瞬間終わる」
「朝まで爆睡」
ガルドたちは真剣だった。
すると。
「寝具、少し調整してるので」
レインが平然と言った。
「やっぱり原因お前か!?」
店内に笑い声が広がる。
リアも呆れたように笑う。
「何してるんですか……」
「疲れ取れた方が良いかと」
本人は本気だった。
だが。
実際、
星降る宿屋の眠りは不思議だった。
安心できる。
静か。
暖かい。
まるで、
“ちゃんと休んでいい”と言われているみたいに。
その時だった。
カラン、と扉が鳴る。
入ってきたのは、
かなり疲れた様子の女性冒険者だった。
雨に濡れている。
「……泊まれますか」
その声は、
少し掠れていた。
「もちろんです!」
リアが慌てて駆け寄る。
女性はどこか警戒した様子だった。
きっと、
ずっと気を張っていたのだろう。
するとレインが静かにタオルを差し出した。
「今日は温かくして休んでください」
「…………」
女性冒険者は少し驚いた顔をする。
やがて。
「……優しい宿なんだな」
小さくそう呟いた。
夜。
宿が静かになった頃。
女性冒険者は、
客室のベッドへ倒れ込むように横になる。
暖かい毛布。
雨音。
木の香り。
そして。
階下から微かに聞こえる、
誰かの笑い声。
「…………」
気づけば。
彼女は、
久しぶりに深く眠っていた。
翌朝。
「……すごい寝ました」
食堂へ降りてきた女性冒険者が、
呆然と呟く。
「頭軽い……」
ガルドたちが笑った。
「だろ?」
「ここマジで寝れるんだよ」
女性冒険者は少し戸惑いながら、
やがて小さく笑った。
「……また来ます」
その言葉に。
リアはとても嬉しそうに笑う。
暖炉の火が揺れる。
星降る宿屋。
そこは今日も、
誰かを安心して眠らせる場所だった。




