第31話『おかえりなさい』
朝。
星降る宿屋には、焼き立てパンの香りが広がっていた。
窓から差し込む光。
暖炉の穏やかな熱。
静かに流れる朝の時間。
「……なんか不思議ですね」
リアは店内を見回しながら、小さく呟いた。
「何がですか?」
レインが紅茶を置きながら聞き返す。
「前まで静かだったのに」
「今は、静かなのに寂しくないというか」
暖炉前には、
既にディオが座っていた。
完全に朝の定位置である。
「……おはよう」
「おはようございます」
リアが笑う。
少し前まで、
こんな光景はなかった。
誰かが自然に帰ってくる。
それが今では当たり前になっている。
その時だった。
カラン、と扉が鳴る。
「おはよーございまーす……」
ミリアだった。
かなり眠そうである。
「ミリアさん!?」
リアが目を丸くする。
「今日早くないですか?」
「ギルド行く前に少しだけ……」
そのまま椅子へ座り込みそうになる。
すると。
「今日は甘めの紅茶にしてます」
レインが自然にカップを置いた。
「……もう怖いですその察し能力」
「顔に出てるので」
ミリアは紅茶を一口飲み――そして深く息を吐く。
「……生き返ります」
その瞬間。
カラン、と再び扉が鳴った。
「おっ、もう開いてるか!」
「今日寒ぃなー!」
ガルドたち常連組だった。
当然のように暖炉前へ向かう。
「……そこ完全に常連席ですね」
リアが苦笑する。
「今さらだろ?」
「もう家みたいなもんだしな」
その言葉に。
リアの胸が、少しだけ温かくなる。
家。
帰ってくる場所。
星降る宿屋は、
本当にそんな場所になり始めていた。
その時。
入口で立ち止まっている旅人へ、
ミアが小さく声をかける。
「えっと……お席、空いてます」
以前なら、
こんなふうに自分から話しかけられなかった。
だが今は違う。
少しずつ。
少しずつ、
この宿の一員になれている。
旅人は少し驚いたように笑った。
「……ありがとう」
そのやり取りを見ながら、
リアは小さく目を細める。
暖炉の火。
焼き立てパン。
笑い声。
そして。
自然に交わされる、
“おはよう”や“また来た”。
そんな日常が、
今はとても愛おしかった。
その時だった。
「リア」
レインが静かに声をかける。
「はい?」
「最近、本当に楽しそうですね」
その瞬間。
リアの顔が真っ赤になる。
「なっ……!?」
暖炉前では、
セリアがニヤニヤしていた。
「ほらまただ」
「違いますー!!」
店内に笑い声が広がる。
星降る宿屋。
そこは今日も、
誰かが“おかえり”と言われる場所だった。




