第29話『帰ってくる灯り』
夜。
星降る宿屋の窓から、暖かな灯りが漏れていた。
街道を歩いていた旅人が、
ふと足を止める。
「……なんだ?」
こんな辺境で、
ここまで人の声がする宿は珍しい。
笑い声。
食器の音。
焼き立てパンの香り。
それだけで、
どこか安心する。
旅人は自然に扉を開けていた。
カラン、と鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ!」
リアの明るい声が響く。
暖炉前では、
常連冒険者たちがいつものように騒いでいた。
「ガルド食いすぎ!」
「今日は動いたからセーフ!」
「……アウトだと思う」
ディオまで少し会話するようになっている。
ミリアは仕事終わりの紅茶を飲みながら苦笑していた。
「毎日賑やかですね、本当に」
「最近ずっとこんな感じですねぇ」
リアは嬉しそうに笑う。
その時。
旅人がぽつりと呟いた。
「……いい宿だな」
店内が少し静かになる。
すると。
「でしょ?」
セリアが誇らしげに笑った。
「ここ最近かなり人気なんだよ」
「人気というか……」
ミリアが紅茶を飲みながら続ける。
「“帰ってきたくなる宿”って感じですね」
その言葉に。
暖炉の火が、静かに揺れる。
旅人は少し不思議そうに周囲を見る。
豪華ではない。
大きくもない。
でも。
椅子は座りやすく、
空気は穏やかで、
誰も無理していない。
そして。
皆が自然に笑っている。
「…………」
旅人は静かに息を吐いた。
長い旅だった。
ずっと気を張って、
休む場所もなく歩いてきた。
だから。
「……少しだけ泊まっていってもいいか?」
その声は、
少しだけ疲れていた。
するとリアが笑う。
「もちろんです!」
レインも静かに頷いた。
「今日はゆっくり休んでください」
その言葉だけで。
旅人の肩から、
ふっと力が抜ける。
その様子を見ながら、
リアは小さく目を細めた。
少し前まで、
この宿は静かだった。
でも今は違う。
誰かが帰ってきて。
誰かが安心して。
また来たいと思ってくれる。
「…………」
リアは静かに店内を見回す。
暖炉前。
常連席。
笑い声。
穏やかな灯り。
そして。
自然にそこにいる、
灰銀色の青年。
その時。
「リアさん」
ミアが小さく服を引っ張る。
「どうしました?」
「……今、すごく嬉しそうでした」
「えっ」
リアの顔が赤くなる。
するとセリアがニヤニヤ笑った。
「最近ずっとだよね」
「ち、違います!」
店内に笑い声が広がる。
暖炉の火が揺れる。
星降る宿屋には、
今日も“帰ってくる灯り”がともっていた。




