第30話『帰ってきたくなる場所』
夜。
星降る宿屋は、満席だった。
暖炉前では冒険者たちが笑い合い、
カウンターではミリアが紅茶を飲んでいる。
「リアちゃーん! 追加!」
「はーい!」
「ミア、パンまだある?」
「い、今持ってきます!」
賑やかな声が飛び交う。
少し前までは、
想像もできなかった光景だった。
「……忙しいですねぇ」
リアは料理を運びながら、
少しだけ笑う。
疲れているはずなのに。
不思議と嫌じゃない。
むしろ、
この時間が好きだった。
その時。
カラン、と扉が鳴る。
「……空いてるか?」
入ってきたのは、
傷だらけの冒険者だった。
かなり疲れている。
装備も泥まみれだ。
リアはすぐ笑顔になる。
「空いてますよ!」
男は店内を見回し――そして少し驚いた顔をした。
暖炉の火。
笑い声。
穏やかな空気。
そして。
誰もが安心した顔をしている。
「……なんだここ」
ぽつりと漏れる。
するとガルドが笑った。
「最近有名なんだよ」
「“帰ってきたくなる宿”ってな」
その言葉に。
リアの動きが、少しだけ止まる。
帰ってきたくなる宿。
暖炉の火が揺れる。
ミアが笑っている。
セリアが常連と騒いでいる。
ミリアは仕事終わりの紅茶を飲みながら、
小さく息を吐いていた。
そして。
レインが、静かに料理を作っている。
「…………」
リアは小さく目を細める。
昔。
この宿は、
守らなきゃいけない場所だった。
一人で頑張って、
潰れないように必死で。
でも今は違う。
誰かが帰ってきてくれる。
「リア、シチューできました」
「はーい!」
リアは笑顔で振り返る。
その瞬間。
ふと気づいた。
――自分はもう、
“一人で宿を守っている”わけじゃない。
暖炉前では、
ガルドたちが自然に席を詰めていた。
「こっち空いてるぞ」
「飯うまいから食え」
「……パンおすすめ」
疲れた冒険者は、
少し戸惑いながら席へ座る。
そして。
数分後。
「……うまい」
ぽつりと呟いた。
その顔は、
さっきよりずっと柔らかい。
その光景を見ながら、
ミリアが小さく笑う。
「……本当に、帰ってくる場所ですね」
レインは静かに頷いた。
「そうなれてるなら嬉しいです」
暖炉の火が揺れる。
優しい灯り。
木の香り。
笑い声。
星降る宿屋。
それはもう、
ただの宿ではなかった。
疲れた人が帰ってきて。
安心して。
また明日を頑張れる場所。
――そんな場所になり始めていた。
そして。
リアは静かに思う。
この宿が好きだ。
ここへ帰ってくる人たちが好きだ。
そして。
「……レインさん」
「はい?」
穏やかに振り返る、
灰銀色の青年を見ながら。
――きっと、
この人のことも。
少しずつ、
特別になっているのだと。




