第1話『ようこそ、星降る宿屋へ』
王都を出て、三日。
石畳だった道は、いつの間にか土道へ変わっていた。
周囲を囲むのは、高い城壁ではない。
どこまでも広がる自然だった。
「……静かですね」
レイン・クラウディアは、小さく呟く。
追放されてから、
特に行き先は決めていなかった。
ただ、
“静かに暮らせる場所”を探していただけだ。
その時だった。
「……ん?」
道の先に、小さな建物が見える。
木造二階建て。
看板には、少し掠れた文字。
《星降る宿屋》
だが。
「…………」
かなり古い。
外壁は傷み、
窓枠も少し傾いている。
客が来ている気配もない。
レインは静かに宿を見上げた。
「……落ち着きそうですね」
そしてそのまま、
扉を開ける。
カラン、と鈴が鳴った。
「は、はいっ!」
奥から慌てた声が響く。
やがて、
金髪ショートボブの少女が飛び出してきた。
緑の瞳。
白エプロン姿。
少し慌てた様子の少女は、
レインを見るなり慌てて頭を下げた。
「い、いらっしゃいませ!」
その声は明るい。
けれど。
どこか無理をしているようにも見えた。
「一泊お願いできますか?」
「は、はい! もちろんです!」
少女は慌てて受付台へ向かう。
だが次の瞬間。
グラッ。
「わっ――!?」
積み上がっていた帳簿が崩れた。
紙束が床へ散らばる。
「あぅ……」
少女は真っ赤になって固まった。
レインは静かに紙を拾い上げる。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません!」
少女は慌てて頭を下げた。
「最近ちょっと忙しくて……!」
そう言いながらも、
店内はかなり静かだった。
客もいない。
忙しいというより――
“全部一人でやっている”
そんな感じだった。
レインは静かに店内を見回す。
暖炉。
木の椅子。
古い床。
どれも年季が入っている。
だが。
丁寧に手入れされていた。
「……良い宿ですね」
その言葉に。
少女は目を丸くした。
「え?」
「落ち着きます」
レインは本当にそう思っていた。
豪華ではない。
だが、
どこか安心できる空気がある。
少女は少し驚いた顔をした後――やがて小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、
さっきより少し自然だった。
「私はリアです!」
「この星降る宿屋をやってます!」
「レインです」
簡単な自己紹介。
その時だった。
グゥゥゥ……
静かな店内に、
妙に大きな音が響く。
「…………」
リアの顔が一瞬で赤くなった。
「い、今の忘れてください!」
「お腹空いてるんですか?」
「うぅ……」
どうやら図星らしい。
レインは少しだけ考え――やがて静かに口を開く。
「厨房、借りても?」
「……え?」
数十分後。
宿の中には、
温かな香りが広がっていた。
「わぁ……!」
リアが目を輝かせる。
テーブルに並べられていたのは、
湯気立つスープと焼き立てパンだった。
「え、レインさん料理できるんですか!?」
「少しなら」
「少しのレベルじゃないですこれ!?」
リアは慌てながらスープを口へ運ぶ。
そして。
「……おいしい」
ぽつりと呟いた。
その声は、
少し震えていた。
まるで。
ずっと張っていた気が、
少しだけ緩んだみたいに。
レインは静かにその様子を見る。
古い宿。
無理して笑う看板娘。
けれど。
この場所は嫌いじゃない。
むしろ。
「…………」
落ち着く。
そんなことを思った時だった。
「……あの!」
リアが少し緊張した顔で口を開く。
「もし行く場所決まってないなら――」
暖炉の火が揺れる。
緑の瞳が、
まっすぐレインを見ていた。
「ここ、手伝ってくれませんか?」




