第18話『見えないところで』
夜。
星降る宿屋は、静かな眠りに包まれていた。
暖炉の火も小さくなり、
客室からは規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
「……よし」
小さな声。
厨房では、ミアが一人で立っていた。
水色寄りの銀髪を揺らしながら、
真剣な顔でパン生地をこねている。
「もう少し……」
昼間は失敗した。
形が崩れて、
焼き加減も上手くいかなかった。
リアは優しく笑ってくれた。
セリアも気にしていなかった。
レインも怒らなかった。
――でも。
「ちゃんとできるようになりたい……」
ミアは小さく呟く。
この宿へ来てから、
初めてだった。
“頑張りたい”
と思えたのは。
その時。
「まだ起きてたんですね」
「ひゃぁっ!?」
ミアが飛び上がる。
振り返ると、
レインが静かに立っていた。
「れ、レインさん……!」
「すみません、驚かせました?」
「い、いえ……!」
ミアは慌てて失敗作のパンを隠そうとする。
だが。
レインはそのパンを見て、小さく目を細めた。
「発酵、昨日より上手くなってますね」
「……え?」
「空気の入り方が良いです」
ミアはぽかんと固まる。
失敗したと思っていた。
まだ全然ダメだと思っていた。
なのに。
「……わかるんですか?」
「毎日見てるので」
レインは穏やかに笑った。
その言葉だけで、
胸が熱くなる。
「でも焼き加減はもう少しですね」
「うぅ……」
ミアが小さく肩を落とす。
するとレインは、
静かに隣へ立った。
「火、少し弱めましょうか」
「……はい」
静かな夜だった。
薪が弾ける音。
パンの香り。
そして、
ゆっくり流れる時間。
レインは自然に生地へ触れる。
「ミアは丁寧に作るので」
「え?」
「焦らない方が合ってると思います」
ミアは目を丸くした。
そんなこと、
考えたこともなかった。
今までずっと、
“早く”
“ちゃんと”
“迷惑かけないように”
ばかりだったから。
「…………」
胸の奥が、
少しだけ温かくなる。
数十分後。
焼き上がったパンを見て、
ミアは息を呑んだ。
「……きれい」
前よりずっと綺麗だった。
形も整っている。
香りも良い。
するとレインが小さく頷く。
「かなり良いと思います」
その瞬間。
ミアの青緑の瞳が、
少しだけ潤んだ。
「……ありがとうございます」
その声は、
とても小さかった。
だが。
確かに嬉しそうだった。
その時だった。
「……何してるの?」
入口から、
眠そうなリアが顔を出す。
そして。
「わぁ……!」
焼き立てパンを見るなり、
目を輝かせた。
「ミア、すごい!」
「っ……!」
ミアの顔が一瞬で赤くなる。
リアは嬉しそうに笑った。
「絶対お客さん喜ぶよ!」
その言葉に。
ミアは小さく、
でも確かに笑った。
星降る宿屋の夜は、
今日も優しく温かかった。




