第15話『仕事終わりに帰る場所』
夕方。
星降る宿屋には、柔らかな橙色の灯りが広がっていた。
「……今日も忙しかったですねぇ」
リアはカウンターへ突っ伏す。
「最近ずっと忙しいですね」
ミアも小さく頷いた。
以前では考えられない。
空席だらけだった宿は、
今では夕方になると客で埋まり始めていた。
暖炉前では冒険者たちが笑っている。
「レイン! 飯追加!」
「パンも!」
「あと酒!」
「順番にお願いします」
レインはいつも通り穏やかだった。
その時。
カラン、と扉の鈴が鳴る。
「……営業中ですよね?」
入ってきたのは、一人の女性だった。
落ち着いた茶金髪。
琥珀色の瞳。
ギルド制服。
どこか疲れた空気を纏っている。
「はい! 空いてます!」
リアが慌てて笑顔を向ける。
女性は静かに息を吐いた。
「助かりました……」
その声だけで、
かなり疲れているのがわかった。
セリアが小さく目を丸くする。
「……ギルド受付嬢?」
女性は軽く頷いた。
「ミリア・ノクスです」
「冒険者ギルドで受付をしています」
リアがぱっと顔を明るくする。
「わぁ! ギルドの人初めてです!」
ミリアは少し苦笑した。
「冒険者たちに、ここを勧められまして」
「え?」
「“最近できた宿がやばい”って」
その瞬間。
暖炉前の冒険者たちが笑う。
「マジで寝れるぞここ!」
「あと飯うまい!」
「武器も直る!」
「最後なんですか!?」
リアがツッコむ。
ミリアは少しだけ店内を見回した。
暖かな灯り。
笑い声。
落ち着く木の香り。
そして。
自然に働いているレインたち。
「……不思議な宿ですね」
その時。
レインが静かに水を置いた。
「お疲れ様です」
「……え?」
「かなり無理してますよね」
ミリアの目が、少しだけ揺れる。
「どうしてわかるんですか?」
「顔色が悪かったので」
「…………」
ミリアは思わず苦笑した。
ギルドでは、
誰にもそんなこと言われない。
受付嬢は忙しいのが当たり前。
疲れていて当然。
だから。
「……変な人ですね」
「よく言われます」
レインは平然としていた。
数分後。
ミリアの前に料理が並べられる。
湯気立つシチュー。
焼き立てパン。
香草茶。
「……美味しそう」
その声は、少しだけ柔らかかった。
一口食べる。
瞬間。
「……っ」
ミリアの肩から、ふっと力が抜けた。
温かい。
優しい。
張り詰めていたものが、
少しずつ溶けていくみたいだった。
「……なんですかこれ」
思わず呟く。
するとリアが笑った。
「レインさんご飯です!」
「なるほど意味わかりませんね」
ミリアは小さく笑う。
その笑顔は、
店へ入ってきた時よりずっと柔らかかった。
暖炉の火が揺れる。
外はもう暗い。
でも星降る宿屋の中だけは、
今日も穏やかで温かかった。
そしてミリアは、
まだ知らない。
自分がこれから、
仕事終わりに何度もこの宿へ帰ってくることを。




