第13話『眠れる宿』
夜。
星降る宿屋は、珍しく満室だった。
「満室……」
リアは受付台の鍵を見ながら、ぽかんと呟く。
「ほんとに満室だ……」
以前では考えられない。
空室だらけだった宿が、
今日は全部埋まっている。
しかも。
「また来ます」
「次もここ泊まるわ」
「飯が恋しくなるんだよな」
そんな言葉まで増えていた。
リアは少し夢みたいな気分だった。
「……すごいですね」
ミアも驚いた顔で店内を見回す。
暖炉の前では冒険者たちが笑っている。
食後の紅茶を飲む商人。
静かに本を読む旅人。
誰も急いでいない。
どこか、
家みたいな空気だった。
「全部レインさんのおかげですね……」
リアが小さく呟く。
すると。
「違いますよ」
レインが静かに紅茶を置いた。
「この宿が良い宿だからです」
「……え?」
「俺は少し手伝ってるだけなので」
リアは少しだけ黙り込む。
そんな言い方をするのが、
なんだかレインらしかった。
その時。
「……なあ」
暖炉前にいた冒険者が、不思議そうに口を開く。
「ここ来ると、妙に眠くならね?」
「あー、わかる」
「安心するっていうか」
リアがぴたりと止まる。
「……レインさん?」
「少しだけ睡眠補助の結界を」
「少しで何してるんですか!?」
セリアが大笑いする。
「だから最近みんな爆睡してんのか!」
「疲労回復を優先した方が、旅人には良いので」
レインは平然としていた。
だがその時。
一人の冒険者が、真面目な顔になる。
「……実際助かってる」
店内が少し静かになった。
男は手元のカップを見つめながら続ける。
「最近ずっと依頼続きでさ」
「まともに寝れてなかったんだよ」
「…………」
「でも昨日、ここ泊まったら久々に朝まで寝れた」
その言葉に。
他の冒険者たちも頷いていた。
「わかる」
「ここ落ち着くんだよな」
「警戒しなくていい感じする」
リアは静かにレインを見る。
彼は少し困ったように笑った。
「宿なので、安心して休めた方が良いかと」
その瞬間。
「……ほんと変な人」
リアが小さく笑った。
「そうですか?」
「はい」
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
その優しさが、
星降る宿屋を変えている気がした。
その夜。
宿泊客たちは皆、深く眠った。
暖炉の火が揺れる。
雨風の音も届かないほど、
静かで穏やかな夜だった。
そして。
廊下を歩いていたリアは、ふと足を止める。
厨房の灯りが、まだついていた。
「……レインさん?」
そっと覗く。
そこには。
静かにパン生地をこねるレインの姿があった。
「まだ起きてたんですか?」
「明日の仕込みを少し」
「少しじゃないですよね絶対……」
リアは呆れたように笑う。
だが次の瞬間。
ふわり、と甘い香りが漂った。
「……わぁ」
焼き立てパンの匂い。
暖かな空気。
静かな厨房。
その光景を見た時。
リアは不意に思った。
――ああ。
この人がいるから、
この宿はこんなに温かいんだ。




