第12話『少しずつ変わる宿』
朝。
星降る宿屋の入口で、リアはぽかんと立ち尽くしていた。
「……え?」
宿の前に、荷車が止まっている。
しかも二台。
「頼まれてた木材持ってきたぞー!」
荷台の上から、商人風の男が手を振った。
リアは目を瞬かせる。
「え、木材……?」
「昨日注文してただろ?」
「ちゅ、注文?」
完全に聞いていない。
リアがゆっくり振り返る。
すると。
「届きましたか」
レインが普通に立っていた。
「レインさん!?」
「床の修理をしようかと思いまして」
「いつの間に!?」
レインは少し首を傾げる。
「昨日の夜ですが」
「鍛冶した後ですよね!?」
「はい」
「寝てください!!」
セリアが吹き出す。
「リアちゃん最近ツッコミ忙しそう」
「忙しいですよ!」
ミアはおろおろしながら木材を見る。
「で、でも……修理するお金、大丈夫なんですか……?」
その言葉に、リアも少し不安そうな顔になる。
確かに最近客は増えた。
でも、
大規模修理できるほど余裕があるわけじゃない。
するとレインは静かに答えた。
「最低限です」
「最低限?」
「今の宿の良いところは残したいので」
リアが目を丸くする。
レインは宿の壁へそっと触れた。
古い木材。
年季の入った柱。
「この宿、ちゃんと手入れされてますから」
「…………」
「大事に使われてきたのがわかります」
リアの胸が、少しだけ熱くなる。
この宿は、
両親が残してくれた場所だった。
古くても、
ずっと大切にしてきた。
だから。
「……壊して作り直すんじゃないんですね」
リアが小さく呟く。
レインは穏やかに頷いた。
「その必要はないと思います」
「……っ」
リアは少しだけ俯き――やがて小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その日の午後。
星降る宿屋では、簡単な改装が始まった。
「ミア、そっち持てる?」
「は、はいっ!」
「セリアさんそれ重くないですか!?」
「余裕余裕!」
賑やかな声が飛び交う。
そして。
カン、カン――
レインは静かに床を直していた。
軋んでいた木材は綺麗に補強され、
古かった椅子も丁寧に磨かれていく。
だが。
宿の雰囲気は変わらない。
暖かくて、
どこか落ち着くまま。
それが不思議だった。
「……なんかすごいですね」
ミアがぽつりと呟く。
「古いのに、新しくなってる感じ」
その言葉に。
レインは少しだけ笑った。
「長く使われてきたものって、残した方が良い時もありますから」
夕方。
改装を終えた宿には、
柔らかな夕陽が差し込んでいた。
以前より綺麗。
でも、
ちゃんと星降る宿屋のまま。
リアは静かに店内を見回す。
そして。
「……好きです」
ぽつりと呟いた。
「え?」
「前よりもっと、この宿好きになりました」
レインは少しだけ目を丸くし――穏やかに笑う。
「それなら良かったです」
その時だった。
カラン、と扉の鈴が鳴る。
「……あれ?」
入ってきた冒険者が、驚いたように周囲を見る。
「なんかここ、前より綺麗じゃね?」
その言葉に。
リアは少しだけ誇らしそうに笑った。




