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「おつかわし屋事調べ 山姫さまの涙」  作者: しきもとえいき


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第四話 宿場のごろつきと辰吉の冴え

手荒な真似はしたくねえんだ。それに、後々、お役人様や親分さんに筋を通した俺達に厄介事を構えると、お前さん方は具合の良くない事になっちまうぞ。ドスはのんで引き下がれ、な」


 と、相手に心配そうに声をかけつつ、ひょいと前に出て、凄んでいる男をたじろがせる。

~本文より

 宿場を出ようと街道を進んでいると、近くに馬を連れたこの街道宿の馬借たちがいた。

 何やら雰囲気も悪くこちらを睨みつけて居る。その中の一人が目付きも悪く、


「おうっ、そこのテメェ等っ。誰のシマ内で馬連れて荷駄運ぼうとしてやがるっ。舐めてんのかっ」


 と懐手に短刀を握り、凄み乍らやって来た。

 お市も藤次郎もやれやれといった表情になり、辰吉に至っては面白そうに笑みを浮かべて眺めている。


「何だぁっ、てめえ等っ。その面ぁ。俺は此処の縄張を任されているもんだ。分かってんのかっ。調子にのってんじゃあねえぞ」


 と妙に凄んで、真っ赤な顔をして罵りながら近づいてくる。

 手は懐の短刀に掛かったままである。


 馬借は荷駄を運ぶことによって、決して高くは無い駄賃を手にする。

 その為縄張りを侵すものには容赦は無く、又荷駄を狙う者達から、荷を護るという仕事を請け負う事も多く、必然的に血の気の多い者達が集まりやすくもあった。馬借自体が追剥ぎの様な真似をする輩も多く居る。


 世は徳川様の時代になり、公方様も五代目を数え、漸く人々は戦国という時代を忘れ始めていた。

 だが、長く続き過ぎた戦国の香りは、まだまだ髄所に染み付いて色濃く残り、簡単に消え去るはずも無い。


 現に命の値段は人も獣も未だに然程高くない。簪一本、反物一つと折り合いがついてしまう程である。

 お市が眉根に力が入った表情で、真っ直ぐに凄んでいる男を見つめながら、きっぱりといった。


「私共は、松井宿の馬借座を務めます、おつかわし屋という者共で御座います。此度は手前どもの私用にて買い付けをしに参りました。宿場のお役人様に、こちらの馬借差配の安兵衛様にも、きっちり、お話を通させていただいております。ご迷惑をおかけするような真似は一切致しておりません」


 お市の向こう気の強さが、面に表れている。


 藤次郎はその様子を見て表情を曇らせた。

 中身こそ間違えてはいないが、この手の男は、お市の言い分に納得するどころか、逆上するのが常だ。


 ああ…やっぱり。


 藤次郎は、凄んでいた男の表情を見て溜息をついた。


 男はぎりぎりと歯ぎしりをし、短刀を握る手が震えている。


「小娘がっ。舐めた口をききやがってぇ」

 藤次郎はお市を庇おうと前に出ようとし、反対にお市に遮られた。

「先程も申しましたが、しっかりと筋は通してございます。こちらの親分さんにお伺いくださいませ」

 お市が怒っている。理不尽で曲がったことが嫌いなお市としては、当然であるが、このままでは火に油だ。

「安兵衛親分だぁ。今ここを預かってるのはこの俺だっ」


 後ろにいた他の馬借連中が駆け寄って来た。


「おい、待てっ、馬鹿野郎。おつかわし屋の話は聞いただろ。拙いんだよ。分かるか」


 そう一人が声をかけたが、凄んでいる男がにやりと笑った。


「馬鹿野郎はお前ぇ等だ。相手は爺一人と餓鬼二人だけで、後は俺達しかいねえ。だからこいつらを毟り取っても、誰も何も謂いやしねぇ。わかるかっ。馬借稼業は舐められたら終いだ」


 やはりそうなるか、と辰吉は苦笑しながら、お市と藤次郎を下がらせて前に進み出る。


「手荒な真似はしたくねえんだ。それに、後々、お役人様や親分さんに筋を通した俺達に厄介事を構えると、お前さん方は具合の良くない事になっちまうぞ。ドスはのんで引き下がれ、な」


 と、相手に心配そうに声をかけつつ、ひょいと前に出て、凄んでいる男をたじろがせる。


 流石ね、辰じい。

 柔らかい物腰に、何の力みもないのに、それが静かな凄味となっている。


 辰吉の後ろ腰には、帯に挟んだ、芝居にでも使いそうな特製の大煙管がある。

 意匠を凝らした龍の容の鋼造りで、何よりその大きさが尋常ではない。半分は護身用として造られ、実際にあちこちに凹みや傷がある。辰吉は馬借であるのに護り刀を持たない。刀が嫌いでその為に、この大煙管を持ち歩いているのである。


 

次回、もめごとが厄介ごとに変わります。


読んでいただき、ありがとうございます。

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