表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「おつかわし屋事調べ 山姫さまの涙」  作者: しきもとえいき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/7

第弐話 お市の不思議と初次郎

 お市と言えば、野山を歩いていたら、人に怯える筈の小鳥が其の肩に頭にとまる。飼われているわけでも無い雌の猪が、瓜坊を自慢げに見せびらかすなぞ、有り得ないような話の枚挙に暇がない。

 お市自身は生まれてこの方それが当たり前だったので、特別な事だとは全く思っていなかったのだが、ある日を境にその力を他人にはひた隠しにするようになった。


~本文より

「なあに、どうしたの」


 お市は二人の間に漂う妙な空気に気付いて尋ねた。辰吉が笑いながら、


「御礼ついでに、これをどうぞ。絶世の美女のお出ましだな。お嬢」


 絵草紙を手渡した。

 お市は渡された絵草紙を複雑そうな面持ちで読んで、藤次郎に言った。


「ねぇ、おっ母さんが見たらまた怒るから、藤次郎あんた何か言い訳考えてよ」


「言い訳ったってさ。姉さんが物騒な動きをしている狼の群れを見つけて、旅人を喰わない様に、お説教して追い返したこの話、繕いようすら見当たらないよ」


 藤次郎は言いながら、姉のお市の屈託の全く無い顔を見て思った。危ない事だなんて本当に欠片も思っていないんだろうな、と。

 お市には、少しばかりというか大いにというべきか、兎に角不思議な力がある。

 どんな気難しい鳥獣も忽ちの内に懐いて、大抵の言いつけに従い、ついでに鳥獣の話というか気持ちがわかるという、とても不思議な力があるのだ。


 お市の父も母も勿論藤次郎も、その様な不思議な力など微塵の欠片も無いが、全く縁も所縁も無いという訳でも無い。

 今は彼岸の人となってしまった祖父の初次郎が、同じく不思議な人だったのだ。

 鳥獣の声を聴き分ける等当たり前。

 遠くに離れた鳥獣にまで笛の音で言伝し、手足の様に操り、枯れた果てたと思われる草木まで、見事に甦らせ花まで咲かせるという事を平然とやってのけていた。


 藤次郎は鮮烈に覚えている事がある。

   初次郎は馬借を始め、遂には座頭の株を持つまでになったのだが、その裏では色々あったのだろう。

 祖父はしょっちゅう、お祀りしている馬頭観音へ、


「また俺の力のせいで済まねえ事を……」


 と手を合わせて頭を垂れていたのだ。


 そんな祖父が罪滅ぼしなのかどうかは、さっぱりに分からないが、〝鳥獣見立て指南″の看板を掲げ、病や怪我をした動物たちの面倒に、犬や牛馬の躾まで始め、その後を継いだのは、父や母や番頭の辰吉でもなく、同じような不思議に溢れる姉であった。

 藤次郎は、祖父初次郎のそんな様子を度々目の当たりにしては、不思議な其の力の凄さと怖さを噛みしめるようになっていた。

 良い事ばかりではない。

 同じくらい悪い事も起こるのだと、この聡い美少年は、祖父の様子だけで理解した。


 お市と言えば、野山を歩いていたら、人に怯える筈の小鳥が其の肩に頭にとまる。飼われているわけでも無い雌の猪が、瓜坊を自慢げに見せびらかすなぞ、有り得ないような話の枚挙に暇がない。

 お市自身は生まれてこの方それが当たり前だったので、特別な事だとは全く思っていなかったのだが、ある日を境にその力を他人にはひた隠しにするようになった。


 まだ幼い時分の初夏の頃、姉弟揃って村里の悪童と共に遊んでいた時、怪我をした雉を見つけた。痛がって鳴いている雉を、悪童たちは獲物だと仕留めに懸かり、お市は、それを必死に止めていたことを未だにしっかりと覚えている。


「あんなに痛いって言っているのに、可哀想でしょ。やめてあげてよ」

「何だよ。お前。鳥が言っていることが、解るのかよっ」

「解るもんっ、全部解るもんっ」

「全部解るってのか。この嘘つきめ」


 強く突き飛ばされて、ひっくり返ったが、


「あの子、痛いって、助けてって。辞めてあげてよ」


 と必死にお市が食い下がった結果、


「たかが雉に、そんなに意地張るのかよっ。気持ち悪いっ。行こうぜ」


 悪童たちは雉を諦め、お市と藤次郎を置き去りに帰った。

 嘘つきに気持ちが悪い。

 当のお市よりも、藤次郎の方が悔しくて、泣きながら帰って、お市共々、事のあらましを祖父の初次郎に相談して、しっかりと言聞かされた事が在る。


「いいか、お市、藤次郎。お市のその力はな。他の人には無えんだ。おっ父もおっ母も、ただ鳴いているとしか分からねぇ。俺とお市以外には誰にも分からねぇんだ。藤次郎にだってわからねえ。だからな、これは内緒だ。お市と藤次郎と俺だけのな。人は知らない力を怖がる。だから、鳥や獣の気持ちが分かるなんて言っちまうと、皆を怖がらせちまう。だから俺達だけの内緒にしよう。いいな」


 うんっと大きく頷いた藤次郎とは対照的に、お市はとっても不思議顔で初次郎に尋ねていた。


「内緒にするのはわかった。でも、なんで皆は分からないの」


 初次郎が、それは特別な事でお市が山神様に好かれているからだと教えてくれるまで、ずっと不思議で仕方なかったのだ。

 お市は今もそのことは胸に秘め、誰にも言わないが、心の中では常に思っている。


第参話はお市の家のお話です。


読んでいただき有難うございます。丁寧に書いている大好きな作品です。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ