第6プロムナード
この上東杭雄の追悼展覧会も残すところあと一室になった。
最後まで鑑賞し終わったら、もう一度最初から見直したいと思うくらい力の入った作品ばかりだ。
上東の実力を評価していたつもりだったが、これほどまで鬼気迫る絵を描けるとまでは思っていなかった。
ぼくは上東をまだ甘く見ていたのだろうか。いや、あれ以上高く評価したくなかっただけなのかもしれない。
廊下に追悼展覧会のスタッフの青年が佇んでいた。
この追悼展覧会は上東の美大時代の友人たちが企画したものなのだから、この青年もそうであるのに違いない。美大時代の友人たちから見た上東杭雄がどんな男だったのか、気になって話しかけてみた。
「上東先輩ですか」
と青年は言いにくそうに口を開いた。彼は上東の二年後輩で美大時代には同じ師について油彩画の勉強をしたのだという。
「美大に進むような人間って『自分は絵が上手い。絵の才能がある』『将来は絵で名を売りたい』『絵で食べていきたい』って考えるような人間がほとんどです。でも、いざ入学してみればまわりは才能のある連中ばかりで、結局、自分の絵の上手さや才能なんて全然大したものじゃない、という壁にぶつかるんですよ」
「上東もそうだったのかな」
「ええ。それでも、絵が好きなのならあきらめられないものなんです。あきらめられなければもがくしかない、絶望に潰されたくなければ。上東先輩ほど死にもの狂いにもがいた人はぼくらの教室にはいなかったと思います。『描けなくなったら死ぬ』『説得力のある絵が描ければ死んでもいい』『殺されても俺の絵を認めさせてやる』とよく呟いていました」
「物騒だね」
「本当に。作品を制作している時の上東先輩は殺気立っていましたよ。それくらい一所懸命だったんです、画家として認められるために」
「だけど、彼には才能があったろう」
「言いにくいことですが、教室での上東先輩の絵の評価はそんなに高くなかったです」
うつむき加減に青年は呟いた。
「むしろ最悪に近かった。教授は断固として上東先輩の絵を認めませんでしたから。『お絵描きだけは上手だね』『三流の写真機』『時間の無駄』とまで言われていたんです」
「そんな、まさか」
教授だって創作者の一人ですからね、と青年は薄く笑った。
「教授からすれば生徒は将来の競争相手でもあるんです、歯に衣は着せませんよ。日本のアート市場はそんなに大きくありませんしね。ですから、美大を出たからといって画家になれるわけじゃありません。大抵は絵で食べることを諦めるか、運が良ければ美術の教師になるものです。下手をすれば美術の専門の教育も受けていない芸能人が趣味で描いた絵が高く評価されて画伯扱いを受けたりもします。画家というのはそういう世界です」
上東の置かれていた環境を想像してみようとして、やめた。
ぼくは上東は順風満帆にキャリアを築いてきたのだと思っていたし、そう思っていたかった。
「描いた絵が売れなければ画家とはいえません。上東先輩は確かにデッサンは抜群でした。だけど特徴がなかった。絵を見る人に突き刺さるような、絵を見る人を圧倒し呑み込んでしまうような、そんな個性が。画風も、まあ、古かったですしね。今時、精確な写実性だけでは誰も認めてくれません。見えないものすら描いてこそなんです」
上東先輩はイラストレーターで食べていく道を選び成功したのはすごいことだ、と思います、と青年は言った。
「絵の仕事で食べていけていたのだから羨ましいです。でも、先輩はきっと油彩画で成功したかったんじゃないでしょうか。今回、この企画展のための絵を見ましたが、以前からこういう絵が描けていたのなら、油彩画の画家としても成功したんじゃないかと思います」
だけど、こんな作品を描けたのなら先輩も本望だったのかもしれません、と青年は微笑んだ。




