駅前の夜景
ムソルグスキー『展覧会の絵』「リモージュの市場」より
夜景といっても色々あると思う。
例えば日本三大夜景や百万ドルの夜景などと言われるような夜の闇の中にきらびやかに輝く色とりどりの街灯りのカーペット、あるいは夜空を見上げて冴え冴えとした光を放つ満天の星空、京都の大文字焼きのように宵闇に燃え上がる紅蓮の炎、有名なところではフィンセント・ファン・ゴッホの『ローヌ川の星月夜』や『星月夜』といった絵もある。
だが、今、私の見ている『駅前の夜景』と題された絵にはその名前のとおり何の変哲もなさそうなどこかの駅前らしい風景が描かれているだけだ。バスの停留所やタクシー乗り場、駅前交番、コンビニエンスストア、居酒屋の入った雑居ビル──おそらくどこにでもある珍しくもない眺めだろう。
では、何故、上東杭雄はわざわざそのようなありふれた光景を描いたのか。
そして、どうしてその日常の風景が非日常を思わせる作品に仕上がっているのだろうか。
上東杭雄はその晩も夜中の散歩へと出かけた。
作品制作作業の合間に気分転換のために家から駅前までの間をぶらぶらと歩いて帰ってくる、ただそれだけの夜歩きだけれども、色々と考えや作業が行き詰まったと感じた時には重宝する習慣だった。多くの場合、散歩から帰ってくると何らかの解決案や発想の変化が得られたりしたからだ。
上東はイラストレーターを職業としていたが、彼本人としては画家であると名乗れるようになりたい、という気持ちをいつも抱いていた。
だが、自分の描いた作品を売って生活できる人間はこの日本でも数えるほどしかいないこと、自分にはそれほどの力がないこと、イラストという絵の仕事で収入を得られるというのは恵まれた状況であることもわかっていたし、わからざるをえなかった。
しかし、あきらめずに努力し続けることはまた別の話だ。
上東は、大抵、昼前に起き出して午後から夜にかけては打合せや営業活動にあて、大体、夜の十時頃から翌朝の午前五時頃までをイラスト描きか画家としての作品制作に費やすことが多い。作業時間が夜になるのは比較的静かな夜の時間の方が集中できるからだった。作品制作に没頭している時に勧誘その他の訪問営業などで邪魔が入るとそれだけ作業効率が落ちるし、何より精神衛生にもよろしくない。
どちらかと言えばイラストレーターとしての上東は仕事が早い方だったので、出版社や編集部からの評価も悪いものではなく、安定して仕事が入ってくるようになったおかげもあって営業活動に時間をとられることは減っていたし、たまに取材旅行に出かけることを咎められるようなこともなかった。イラストレーター・上東杭雄の仕事と画家・上東杭雄の作品制作とは両立できてもいた。
画家・上東杭雄の作品への評価は別として。
上東は画家としての自分の弱点を理解していた。痛感していたといってもいい。このままではイラストレーターとしてもいずれ壁にぶつかることになる、と危機感をおぼえてもいた。以前、その弱点を思いもかけない形で小説家の友人から突きつけられてうろたえたことはどうしても忘れることができない。
だが、まだ過去を振り返るには早すぎる。現在をそして未来を見据えて行動し続ける時だ。後ろを振り向かず前だけを見て突き進むしかない。
これは上東の信念、あるいは強迫観念なのかもしれないが、上達したければ数をこなす必要があると常々考えてきた。取材旅行などで絵筆を握れない日があると何となく落ち着かない。数をこなすことで確かに上達したものはある。それでも、ただ漫然と描き続ける、数をこなすだけでは自分の持っている弱点、限界を克服することはできない。
今、上東杭雄が取り組み続けている一連の作品は、彼自身の限界を理解した上で、何とか彼の弱点を乗り越えることができないか、という試行錯誤の産物だった。
家から出て線路沿いの道をゆっくりと歩く。
上東が住んでいるのは子供たちからお化け屋敷とも呼ばれる築半世紀以上の一軒家だ。学生時代に広さと家賃の安さに惹かれて借りて住んでいたのだが、数年前に買い取った。耐震とか防災とかは考えないことにしている。
考えるべきは作品のことだけだ。何を描くべきか、どう描くべきか。描き方を変えられるほど器用ではないことは自覚している。
今の取り組みも描くべき題材をどうするかが見つかるまで苦悩の連続だった。
映画を見たり本を読んだり自殺の名所と呼ばれるような場所に足を運んでみたり、そうしたものを素材に作品を制作してもありきたりのものしか描けなかったからだ。むしろ、自分の弱点、自分の限界をまざまざと突きつけられてしまった気分だった。
しかし、偶然の出会いがその苦悩を解決した。上東は描くべき題材をそこで見つけることができたからだ。最初は半信半疑だったが、すぐに宝の山にぶち当たったことが理解できた。しばらくは順調だった。
多分、それがいけなかったのだろう。
終電も終わってしまった時刻なので、時折タクシーや自家用車が通り過ぎることはあるものの、線路沿いの道を歩いているのは上東一人だった。おかげでゆっくりと物思いにふけりながらの散歩ができるのだが、不用心かもしれないと彼自身も思うことがある。
例えば背後からの足音が聞こえてくるような時に。
ここ最近になって不審な出来事が身の回りで頻繁に起きているような気が上東はしていた。
はじまりは作品制作の題材探しに利用していた『怪談奇談収集所』というサイトだ。
このサイトの運営者は気さくで話しやすかったし収集している怪談奇談の真贋を見抜く目も一流だった。運営者の人柄を慕って集まってくる利用者にもでたらめを吹聴するような人間は一人もいなかったので題材探しには最適だったのだが、不安を誘う状況で一人また一人とサイトにアクセスしなくなってしまった、いや、できなくなってしまったらしい。
その状況がどうしても気になったので、上東は知人に紹介された私立探偵に『怪談奇談収集所』サイトの関係者についての調査を依頼した。
今はその調査報告を待っているところだ。探偵は知人の推薦どおり有能な人物で着々と調査を進めてくれている。ただ、最近、その探偵の様子にもおかしな点が散見されるようになってきていることが、上東には気になっていた。誰かに見張られてでもいるかのように、時折、背後を気にしているそぶりを見せるのだ。
そう、まるで、今、後ろからの足音が聞こえている自分と同じように。
多分、何かが起きているのだ。
上東だけではなく、『怪談奇談収集所』サイトの関係者にも、何故か上東が調査を依頼した私立探偵にまで。伝染病の感染が広がっていくように異常が広がっていく。
背中の方から足音が響いている。
振り向いても誰もいないことは上東にもわかっていた。いくら深夜とはいっても外灯の並ぶ線路沿いのまっすぐな道には姿を隠せるような場所は少ない。ある晩、唐突に足音が聞こえてきたことに驚いた上東が振り向いてもそこに人影一つ見えなかった。その時の気分を何と表現していいか今もわからない。
驚きと恐怖と、そして歓びと焦り。
この経験を絵にすることができれば、どうにか作品にすることができれば、自分の限界を超えることができるはずだ。他人の経験じゃない、フィクションでも嘘でもない、まさに自分自身の本物の驚きと恐怖なのだから。
『怪談奇談収集所』サイトで得た題材もまさしく本物だった。
だからこそ作品に活かすことができた。
上東には、「見たものでなければ描けない」「もし描けても得心がいかない」と言い切った平安時代の絵師の腹立ちが自分のことのように理解できる。屏風絵を描きあげた後に自ら縊れ死んだ気持ちも想像に難くない。自ら最高の傑作を描き上げた達成感と満足、そして支払わねばならなかった代償への絶望とともに絵師は死んだのだろう。
だが、それこそが表現者の業というものだと上東は感じる。
自分が画家として自他共に認めることが可能な作品を、これが上東杭雄の作品なのだと世に残すことのできる絵を描くことができるのであれば、多分、自分はいかなる代償でも払うだろう、そこまで自分は血迷っている、という自覚が上東にはあった。
とはいっても、姿の見えない何かに後をつけられているという状況はやはり怖い。
以前まではものを考え考えゆっくりと歩いていた散歩も、最近は無意識のうちにも早足になっていることが多くなったのもそのせいだろう。
この夜の散歩が、気分転換のためなのか、それともこの奇妙な体験がまだ続いているのかを確認するためなのか、だんだん上東にもわからなくなってきている。というのも今はこの体験をどのような作品にするべきか頭を悩ませているところだったからだ。
姿を見せない足音につけられながら線路沿いの道を歩き、駅の手前の踏切を渡ると、散歩の目的地である駅前のロータリー広場に出る。
この時刻にもなると客待ちのタクシーもおらず、駅前交番の中の不寝番の警察官とコンビニエンスストアのアルバイトくらいしか人がいない。上東はそのコンビニエンスストアで缶コーヒーとかチョコとかを買って帰るのがいつもの行動で、後をつけてくる足音は、どういうわけか、駅前で買い物をしているうちに聞こえなくなってしまうのが常だった。
そして今夜もどうやらそのとおりになったようだ。
上東が今描いているのは調査を依頼した私立探偵の肖像画だった。
その作品に取り組みながら、一方で、自分が経験している奇妙な足音をどのようにして作品にするかを考えていた。音という目には見えないものをどうやって絵にするのか。
上東にはそもそもその足音について全く何の心当たりもなかった。
誰かの怨みをかった覚えもなければ、何か他人を傷つけるようなことをした記憶もない。いわゆる霊感とかいうものにも皆目乏しいと思う。生まれてこの方幽霊やら何やらを見たこともないからだ。自分は、どちらかと言えば、鈍感で即物的な感覚の持ち主だ、と上東は思っていた。
では、この足音の正体はいったい何なのか。
誰かが身辺調査か何かのために自分を尾行している、ひったくり犯か誰かが独り夜歩きする自分を狙っている、そう考える方が上東にとっては自然だった。それはそれで不安や恐れがないわけではないが。
おそらくは自分と同じような現象に見舞われているであろう私立探偵の肖像画を上東が描いているのは、自分の経験を絵にするための準備という意味もある。
だが、それ以前に、季節か天気の影響か光の加減のせいだと思うのだけれど、探偵の背後に落ちた影が次第に大きく黒々と伸びてきているように見えたことが、題材として選ばせた主な理由だった。
キャンバス上を走らせていた絵筆を止めて上東は大きくのびをした。
描き方を変えられるほど器用ではない、と自分では思っていたが、次第に絵のスタイルが変化してきていることに改めて気がついた。
やっていること、やれていることには何の変化もない。結局、「見えているもの」「見たことがあるもの」「形のあるもの」をそのまま描いているだけだ。にも関わらず、できあがった絵、できあがろうとしている絵は変わってきている。とすれば、自分の「ものの見方」「ものの見え方」に変化が起きている、ということだ。
そこまで考えて上東はぞくりと身を震わせた。
自分はおかしくなろうとしているのかもしれない。
それでも、もしかすると自分にとっての限界を越える助けになるのかもしれない。
恐怖はある。不安もある。その一方で何かぞくぞくわくわくするような期待もある。
美術の教科書に必ず掲載されるような名画を描いたノルウェーの画家のことを上東は思い出した。精神病院に入院し快癒して退院してきたら作品からそれまでの張りつめた緊張感が抜け落ちてしまった、入院以前のような傑作が描けなくなってしまった画家のことを。精神状態が安定し不安に苦しめられなくなったことは人間としては幸福なことだろう、でも画家としてはどうだったのか。
自分は人間としての幸福より画家としての幸福を選ぶだろう、上東はそう思った。
「今日は上東先生に是非お願いしたい仕事がございまして」
今までつきあいのなかった大手の老舗出版社から昼過ぎに電話があって、上東はいきなり呼び出しを受けることになった。受付にまで出向くと数人の編集部員が出迎えに来て応接室に通された。これまで仕事の依頼がなかったことからすると少し考えにくい厚遇だ。
「お仕事をいただけるのであれば喜んでお受けしたいとは考えていますがね、まあ内容によります。いったい、どのようなお話でしょう」
上東の前に座った三人の編集部員がちらちらとお互いに目を見交わした。
「あのですね」
押し付け合いに負けたらしい、右端に座った一番若そうな男が口を開いた。
「弊社では、今、ある全集の企画が動いておりまして。その全集のイラストを上東先生に引き受けていただきたい、とこう考えております」
全集ね、それは大口の仕事になるな、と上東は頭の中で算盤をはじいた。
「なるほど。ですが、それだけでは何ともお答えしかねますね。その全集の内容はどのようなものでしょうか。また、イラストはどのようなものをどれくらいお望みなんですか」
「全集の内容は怪奇・伝奇小説になります。巻数としてはハードカバーで八巻を予定しております。先生には各巻の表紙と各六枚ずつのカラーイラストをお願いしたいのです」
「とすると、カラーで五十六枚ですか。大仕事ですね。そもそもどなたの全集ですか」
情報を小出しにされては判断に困る。目の前の編集部員たちからは上東がありがたがって仕事を受けるだろうという雰囲気が伝わってきていささか腹立たしい気分にもなった。
「その、できれば口外はしていただきたくないのですが」
「そこまで口は軽くありませんよ。心得ていますとも」
「その、神尾龍磨先生の全集になります。ご存じでしょう、神尾先生のことは」
「……神尾先生ですか」
知っている、というのはどれくらいまでのことだろう。上東の苛立ちは冷水を浴びせかけられたように立ち消えてしまった。
「いや、存じあげていますよ、勿論。有名な方ですからね。しかし、何故、自分にイラストの依頼を。御社であればつきあいのあるイラストレーターにはお困りではないでしょう」
「理由は三つあります」
真ん中に座った初老の編集部員が口を開いた。
「確かにこれまでおつきあいはありませんでしたが、先生の作品は見せていただいております。実力実績ともに十分と判断しました。これが一つ目。次に、スケジュールの問題があります。弊社は全集の刊行を四ヶ月後と見込んでおります。ですから、イラストの納期に余裕がありません。先生ならば何とかしてくださるだろうと期待しております。これが二つ目」
「ちょっと待ってください。全集刊行を四ヶ月後。何故、そんなに急ぐんですか」
「事情があります。お察しください」
「……神尾先生のお加減がよろしくないという噂を耳にしましたが」
神尾龍磨は数年新作を発表していない。もっぱら過去の作家だと見なされている節がある。だが、死去したとなればやはり注目はされるだろう。全集刊行はそのタイミングを狙っているということか。目の前の三人が死神のように上東には見えた。
「最後に、神尾先生ご自身が上東先生をご指名なんですよ。引き受けていただけますね」
描いていた肖像画が仕上がったところで、上東は夜の散歩にでかけることにした。
とにかく大至急カラーイラスト五十六枚を描き上げなくてはならない。全集作品の雰囲気を壊さなければ自由に描いてかまわない、というある意味難しい依頼内容だった。
あのヤクモさんがもう長くない、と思うと気分が重くなる。
いっそ自分の体験をどのように作品に仕上げていくかを集中して考えてみようか、とも思う。気分転換が必要だ。とは言え、あまり明るい気分にはなれない転換だが。
今日もそうだったが、昼間、出版社や編集プロダクションに出向く際や普段の買い物の時などにはあの足音が聞こえてくることはない。周囲の雑踏に紛れて聞こえないせいもあるのかもしれないが、オフィス内などの静かな場所で耳を澄ましてみてもやはり聞こえないのだから、あれは深夜の散歩で独り歩いている時に限ってのことなのだろう。
正直、自分の後ろについてくる足音というのは上東にとっても愉快とは到底言いがたい体験だ。わけがわからないし、得体もしれない。ただ、これまで、この足音は上東に直接の危害を加えてくることはなかった。そういう意味ではひったくり犯などの犯罪者に比べればはるかにマシという考え方もできる。
ちらりと時計を見ると午前二時を少し回ったくらいの時間だった。
上東は大きく深呼吸をして玄関のドアを開けた。目の前にはしんと静まりかえった夜の闇が広がっていて、体の奥が緊張で引き締まるような心地になった。戸締まりをしていつものように駅へ向かって歩き出す。
気分転換のための散歩に出たはずなのに、どうしても神尾龍磨の全集用のイラストから頭が離れない。というよりも、あの依頼を受けた応接室から出る時にかけられた言葉が気になって仕方がなかった。最後まで口を開かなかった左端の席に座っていた編集部員が、
「先生の作品にかける情熱は素晴らしいものがあると伺っております」
と言ったのだ。
「我々もそのお気持ちを応援させていただきたいと考えているのですよ。今回の仕事はその一端と考えていただきたいですね」
そう言って、その編集部員は笑った。
あまり気持ちの良い笑みではなかった、と上東は考え、妙なことに思い当たって身震いした。
最初に口を開いた右端の席の秀才顔をした若い男の顔も、話をまとめた真ん中の席の威圧感のある白髪の多い初老の男の顔も、今すぐ肖像画を描けるくらいに思い出せる。絵描きとしては当然のことだ。
なのに、最後まで口を開かなかった左端の席の人物の顔がまったく思い出せない。ただ、にたりとした舌なめずりするような笑いだけが記憶に焼き付いている。
あの編集部員は一体何だったのだろう。「作品にかける情熱」とか「応援」というのはどういうつもりの言葉だったのだろう。
玄関を出て自動車が一台通れるくらいの路地をしばらく歩くと、線路沿いの道に出る。この道を駅へと歩く途中で背後からの足音が聞こえてくるのだ。
今夜もそうだった。
今夜も線路沿いの人通りのない道を駅へと歩く上東の背後から足音が響いてくる。
今夜は今までとは違った。
後をついてくる足音は上東のまさに背後、息も聞こえそうなほどの真後ろからぴたりと貼り付くように鳴り響いているからだ。誰か、いや何かが、上東の背中に覆いかぶさってでもいるかのように。
背後を振り返りたいという衝動に耐えて上東はただ足下だけを見つめて足早に歩いた。振り向いたところで誰もいないことは分かっていた。外灯の下を通り過ぎるたびに影が前に伸びる。そこには上東の影しか落ちていなかったからだ。もし、背後に誰か、何かがいるのならそいつの影も見えるだろう。
自分は背後の奴の影を見たかったのだろうか。上東にはわからなかった。
もはや、気分転換のための散歩どころではなかった。本当は今すぐにでも自宅に逃げ帰ってしまいたい。しかし、もし、この足音が自宅までついてきてしまったら。何より、今、自宅に戻ろうとするならば回れ右をするしかない。多分、後ろには何もいないし、何も見えはしないだろう。それでも、もし何かが見えてしまったら。何も見えないのは嫌だが、何かが見えてしまうのも気持ちが悪い。
駄目だ、今はまだ自宅には帰れない、上東は急ぎ足で歩きながら考えた。とにかく駅前のロータリーまで行こう、これまでどおりなら、そのうちに足音の主はそのうちにいなくなってしまうはずだ。駅前の交番に駆け込んでみる手もある。役に立つかは別として。
ほとんど走るようにしながら上東は駅前の踏切を渡った。緊張と運動のせいで息が荒くなる。背中からの足音は響き続けているが息を荒げている気配はない。運動不足の自分と違って健康的でうらやましい限りだ。ヒステリックな笑いがこみ上げてくるのを、上東は押し殺した。
駆け足のまま上東は駅前ロータリー広場を横切りコンビニエンスストアへと急いだ。
人の出歩いていない深夜で良かった。目を血走らせ息を荒げて歩く姿はさぞかし不審者にしか見えなかっただろう。通報でもされたりした日には目もあてられない。
人の出歩いていない深夜でさえなければ。ただの足音ごときでここまで不安を感じることはなかっただろうに。自分の背後から追ってくる何かを他の誰かに目撃してもらえさえすれば、振り返るべきか否かのジレンマに苛まれることもなかったはずだ。
とりあえず、いつもと同じようにコンビニエンスストアに入ろう。自分が振り返らなくとも、コンビニエンスストアの店員が何かを目撃してくれるかもしれない。あるいは背後には何もないことを確認してくれるかも。
コンビニエンスストアは夜道を歩いてきた上東の目にはまぶしいほどに明るかった。
上東はその明るさに安堵しながら自動ドアをくぐった。客のいない時間帯の常連として顔見知りになった店員が上東の方を見て「いらっしゃいませ」と言いかけ、表情をこわばらせた。ああ、やはり何かいるんだ、と上東が思った時。
──急にまわりに深夜の闇が落ちてきた。
停電ではない。
入店した、と思ったコンビニエンスストアがなかった。
上東は駅前の空き地に立ち尽くしていた。いつも立ち寄っていた、ついさっき入店したコンビニエンスストアがなくなっていたのだ。跡形もなく。空き地には雑草までがはえていた。
あの店はあったのか、それとも自分の記憶を疑うべきなのか、自分は狂いつつあるのではないのか。
悲鳴をあげそうになるのをじっとこらえて、上東は目を伏せたまま振り向いた。ゆっくりと視線を上げると、駅舎に隣接する格好で建てられた交番の灯りが目に入った。
得体の知れない何かにつきまとわれていること。
駅前のコンビニエンスストアがなくなってしまったこと。
分かってもらえるかはわからないし、助けてもらえるかもわからない。それでも、この暗闇のなか一人でいるのはごめんだった。上東は交番に向かって走った。
交番には初老の男性警察官が座っていた。荒い息を吐きながら駆け込んできた上東を見て腰を上げ「どうしました。何かありましたか」と緊張した表情で声をかけた。
「何か、というか、何と言っていいのかわからないんですが」
「落ち着いて。ゆっくりでいいですよ。話せるところから話してください」
上東は呼吸を落ち着けながら誰かが後をつけてきていたことを話した。そして、先ほどすぐそこのコンビニエンスストアに入店したと思ったことを。
「ですが、店に入ったと思ったら、そこは急に空き地になってしまったんです。お巡りさん、あそこにコンビニはあったんですか。それとも私の頭がおかしくなってしまったんでしょうか」
「大丈夫ですよ。あなたの頭がおかしくなったわけじゃありませんから」
え、と上東は視線を上げた。目の前の初老の警察官は舌なめずりするようなにたりとした笑いを浮かべていた。
「どうです。これで目で見ることのできないものも描けるようになるんじゃありませんか」
警官がそう言った瞬間。
上東のまわりは夜闇に包まれた。そこには交番も駅も駅前ロータリー広場も何もなかった。周囲はただ暗闇だった。
上東は今度こそ悲鳴をあげた。悲鳴をあげ続けた。
しかし、まわりには誰もいなかった。
上東杭雄の絵といえばしっかりとしたデッサンに裏付けられた明確かつ重厚感のある写実性が特徴で、事実、この遺作展覧会でも「人形の島」や「小さい家」「下り階段」などは、ある意味で、上東らしすぎるほどの作品だった。
しかし、この「駅前の夜景」や先の「ある私立探偵の肖像」などは画風が変化してきていることがわかる。写実性よりも画家本人の主観が前景に出てきているのだ。いわゆる印象派に近い画風になってきている、と言えばいいだろうか。
夜景と言えば、闇と光のコントラストであり、むしろ光の方が主役であるはずなのだが、上東杭雄のこの絵は夜の闇の方が主役なのだ。
駅舎や交番、駅前の雑居ビルやコンビニエンスストアは淡く朧気に描かれ、夜の中に今にも消えていきそうな雰囲気をすら感じさせる。まさに文字通り「駅前の夜景」、夜を描いた作品なのだろう。
しかし、「人形の島」を描いた頃の上東杭雄であれば、夜景をこのように描くことはしなかったし、できなかっただろう。
それは「ある私立探偵の肖像」の大きすぎる影の描き方にしてもそうだ。
これが、上東杭雄の描き方、作風の変化というだけなら問題はない。
ただ、もし、上東杭雄にはこのように見えるようになってきたのだとしたら。上東杭雄はこの頃からおかしくなってきていたのかもしれない。




