小石川乙葉
〜影山萌香視点〜
「おはようございます影山さん、今年も宜しくお願いしますっ!」
「おはよう歩夢、ゆっくり休めた?」
「はいっ、それはもう最っ高の休みでしたよ!」
ん? 滑舌が良くて優しい声はいつもの事だけど、無駄に全身から幸せオーラ放ちまくってるんですけど?
「あ、っそ、良かったわね!」
『何かいー事でもあったの?』って聞いて欲しいみたいな顔してこっち見ないで! どーせあのベロキス相手の女とイチャついてたんでしょ?
今日から仕事初め、歩夢は今夏に上映予定の映画『トライアングラー』の主人公役を頂いた。
意外だけどラブコメの主人公は初めてだったのよね、今回の役は二人の女との三角関係プラス初恋のお姉さんというハーレム役なんだけど、恋愛経験少なそうな歩夢に務まるのか? なんて思ってたけど、その顔なら安心だわ、自信に溢れた顔してるもの。
「あっ、夏希、あけおめ! 久しぶりだなー! 髪伸びたじゃん、ずっとショートのイメージだったけど長いのも似合ってるねー♪」
「ありがと、今日から宜しくね。……なんか歩夢も変わったわね? やっぱり立て続けに主演してる人は違うわ、全身から余裕が感じられるもん。私なんて緊張して昨日中々寝付けなくて……」
桑原夏希、……歩夢の養成所からの付き合いで、最近の子の中じゃ演技も上手いと評判だ。
ちょくちょく名前を聞く様になって今回が初のヒロイン役みたいだけど、同期だし気心も知れてる感じだから上手くやってくれそうね。
「夏希なら大丈夫だよ! ほらっ、笑って笑って!」
「バカッ、頬っぺたムニーとかすんなよ!?」
……仲良さそうね。歩夢が女の子にあんな事するなんてよっぽど気を許してるのね。
「だけど夏希と恋人役なんて不思議な縁だよなぁ、養成所の頃はいつも二人で張り合っててライバルって感じだったのにな」
「歩夢が『Fox Edge』に入る事が決まった時、悔しくて暫く口聞けなかったもん、あの時はゴメンね」
「でもその一週間後に夏希も『sunrise production』から声が掛かって二人でお祝いしたもんなー♪」
ふーん、なんか恋人って言うよりライバルな感じなんだ。桑原さんも歩夢には恋愛感情とか無さそうだしね。
「そー言えばさ、小石川乙葉さんも出演するんだよな? 夏希の事務所の先輩だろ? 仲良いのか?」
「事務所が一緒なだけで私も今まで数回しか会った事ないのよ、超売れっ子だから私も挨拶位しか会話した事無いのよね。憧れの先輩と共演だから尚更緊張するわ」
「そーだった! 夏希は小石川さんが好きで声優目指したんだもんな。お互い憧れだった人と同じ事務所に所属するなんて養成所の頃には想像もつかなかったよな!」
桑原さんも歩夢と話して大分リラックスしてるわね。そこへ……、
「あっ、小石川さんおはようございます。今日から宜しくお願いします!」
体を直角に折り曲げ桑原さんは頭を下げた。
「あっ、おっはよー夏希ちゃん! 共演するのは初めてよね! 楽しみにしてたんだー♪」
小石川乙葉、今、……と言うかここ数年女性声優の中で一番忙しいと言われている。彼女が入って来た途端に待合室がパッと華やいで、他の演者達が次々と挨拶をしにやって来た。
女性声優の頂点に君臨してるのに、来る人来る人に気さくに接していて表向きはまるで欠点がない。
「初めまして! おはようございます小石川さん、成田歩夢です。 一緒に共演出来て嬉しいです!」
頭を下げた歩夢に彼女は満面の笑顔を見せ、
「やっと会えたぁ〜! 君が歩夢くんね、蓮が会う度君の事ばっかり喋ってるから気になってたのよ!」
両手を掴まれ歩夢はデレデレしている。
「それって絶対悪口ですよね? 最近蓮さんに揶揄われてばかりだから困ってるんですよ」
「それは歩夢くんが蓮の誕生日のイベントの舞台裏で彼女とイチャイチャしてるからでしょ? 大人しそうな顔してやってんねぇ〜♡」
「……っ!! れっ、蓮さんそんな事まで喋ってるんですかっ!?」
「歩夢最低っ! 現場に彼女とか連れ込んで何してんのっ?」
真っ赤になった歩夢は桑原さんに頬っぺたをつねられている。蓮も何でも喋り過ぎよ!
「違うんだ! まだその時は彼女じゃなかったんだよ!」
「ふ〜ん、彼女じゃないのにベロベロしちゃってたんだ! ん〜、若いってい〜わね♡」
「ちっ、違うんです、あの時が初めてだったんです!」
「……歩夢、あんた変わったわね。昔はそんなんじゃ無かったのに」
歩夢もあたふたして何聞いてもいない事ベラベラ喋ってんのよ? 桑原さんドン引きしてるわよ?
「あはははっ、歩夢くん可愛いわ♡ 蓮の言ってた通りね、揶揄うとリアクションが面白いって!」
「もうっ、蓮さんめ〜っ! 小石川さん、もう勘弁して下さい! 初対面なのに俺の印象最悪じゃないですか〜!」
「大丈夫よ〜! 普段は天然だけど真面目でしっかりしてて、その彼女さんだけしか見えてないって聞いてるから、……ねっ萌香!」
彼女は私にウインクしてきた。離れた所で見ていてステルス機能を使っていたのに彼女には通じないのよね。私は三人に近寄り小声で、
「乙葉、この話はここで止めておいてね。歩夢は今、一番大事な時期なんだから!」
「分かってるって! 蓮があまりにも歩夢くんの事褒めるから揶揄ってみたくなったのよ!」
歩夢は少し驚いた顔をして、
「かっ影山さん、乙葉って! 小石川さんと仲良いんですか?」
すると乙葉は私の肩に手を置いて、
「ふふふ、実は私達、中、高の同級生で親友なんだ〜! ねっ萌香っ♪」
「親友なんかじゃないわ、……腐れ縁ってヤツよ!」
本当腐れ縁って言葉がピッタリくるわ、クラス替えの度に毎回一緒になるし、まさか業務は違えど職場も同じなんて!
「あー、だから蓮さん影山さんの事『萌香』って呼んでたんだ!」
「相変わらずツンデレなんだから! 歩夢くん、こー見えて萌香って……」
「乙葉っ! 歩夢に余計な事言ったら全部バラすわよ!!」
私が乙葉に拳を振り上げだ所で歩夢に止められた。もう、だから一緒になるの嫌だったのよ!
「まぁ、こんな萌香だけど歩夢くん仲良くしてあげてね! それじゃ良い映画にするよう頑張ろ〜♪」
乙葉は笑顔で手を振り他の演者の元へと駆けて行った。
「影山さん、……小石川さんって、なんか蓮さんの女版みたいですね」
「まぁ、……そうよね。場を和ませる雰囲気とかそっくりだわ、あっ、……桑原さん、今の話は聞かなかった事にしてもらえるかしら?」
これ以上歩夢のイメージ崩す訳にはいかないわ。
「あっ、大丈夫です。私、歩夢が恋愛経験少ないの知ってますから! どーせ好きな人を前にして周りが見えなくなってたんでしょ? 物事に夢中になるといつもそーよね?」
……桑原さん、私より歩夢の事分かってるのね。
「夏希、ありがとう。今度ちゃんと彼女紹介するから」
「いーわよ! どーせ目の前で無自覚でイチャつくんでしょ? 黙っててあげるから勝手にやってて! それより小石川さんと話せただけで私、今日一日頑張れそうだわ!」
桑原さんは歩夢なんかより乙葉を目で追って目がハートになっている。まぁ同級の私から見ても乙葉は輝いて見えるしね。そんな中待合室の扉が開いて歩夢のもう一人の相手役が現れた。
「おはようございます! 小日向のぞみで〜すぅ、声のお仕事するのは初めてなんで宜しくお願いしま〜す♪」




