知ってた。
「明日午後からでしょ? それなら、……泊まってけば?」
「えっ!?」
「もっと、……歩夢くんと喋りたいなって、それにかれんも居るし、変な事にはならな……あっっ!?
「いづみさんっ、俺っ!!」
私は歩夢くんに抱きしめられた。
「ちょっ、駄目っ! かれんが起きちゃう!」
「それじゃ静かにして下さい。俺だって男なんですから、そんな事言われたらもう抑えきれません!」
「あゆ……む……くん」
私達は暫くの間玄関で抱き合っていた。
そして私の耳元で囁いた。
「好きです」
「えっ……っ!?」
「いづみさん、俺の声だけじゃなくて、俺の事も好きになって下さい。俺はいづみさんの事、ファン一号としてじゃなく、一人の女性として見てますから」
私はこのまま歩夢くんの声に溺れてしまいそうになるのを必死でこらえて、歩夢くんから離れた。
「うん。…………わかった」
「やっぱり今日は帰ります。俺もいづみさんともっと話して居たいけど、これ以上自分を保つ自信がないので」
「うん、引き留めてしまってごめんなさい。……それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
歩夢くんは振り返る事なく玄関のドアを開けて去っていった。
※
玄関のドアが閉じた瞬間、私はその場に座り込んだ。
何であの時私、引き留めてしまったんだろう。
あのまま何事も無く帰していたらこんな事にはならなかったのに……。もう、今まで通りに接するなんて出来ないわ。
……知ってた。
歩夢くんが私の事を思っていてくれてるのは、……ちょっと前から気付いていた。
私だって好きよ。声だけじゃなく勿論中身だって!
でも、言えなかった。
歩夢くんの今後の事を考えたら、私と付き合ってる事が世間にバレたら……、怖くて言えなかった。
気がつくと涙が溢れて止まらなくなっていた。
私は声を押し殺し、寝ているかれんを起こさない様にトイレに駆け込んだ。
せめて来年放送の主演のアニメが放映されて、人気が出て軌道に乗るまでは、女の影なんかちらつかせちゃ駄目よ。
蓮さまのガセの熱愛報道があった時の女性ファンの狂気っぷりをリアルタイムで見ている私としては、とても怖くて歩夢くんの告白に首を縦に振る事は出来ないわ。
……でも、好き。
……でも、まだこの感情は抑え切れる、……る?
イヤ、無理っ! さっきだって帰るの引き留めたじゃない?
落ち着け私、自分の事じゃなく歩夢くんの将来の事を考えるのが本当の愛情よ! 落ち着け落ち着け……
私は大きく深呼吸をしてトイレから出た。
「こんな所で寝てたら風邪ひくよ。ベッド行こ」
「んぁ? ……歩夢帰ったんだ」
私は寝ているかれんを起こしてベッドまで手を引いた。
「それじゃ、……おやす……
言い終わらない内にまた寝てしまった。
あぁ、これ以上考えても悪い事しか思い浮かばないわ、なんか急に人恋しくなり、どっと眠気と疲れが襲って来たので私もベッドでかれんを抱き枕にして眠りについた。
※
〜成田歩夢視点〜
言ってしまった!
「明日午後からでしょ? それなら、……泊まってけば?」
俺だって男だし、いくらかれんさんが居るとはいえ、あんな事言われたら期待しちゃうだろ?
気が付いたらいづみさんを抱きしめていた。
シャンプーの良い香りと細身だけど柔らかい感触が俺の自制心を吹き飛ばした。
口では拒んでいるけれど体は受け入れてくれている。
「好きです」
「えっ……っ!?」
「いづみさん、俺の声だけじゃなくて、俺の事も好きになって下さい。俺はいづみさんの事、ファン一号としてじゃなく、一人の女性として見てますから」
ずっと言えなかったけど、言わずにはいられなかった。
「うん。…………わかった」
多分いづみさんは俺の今後の活動の事を思って、俺の告白には首を縦に振らないだろう。そんな事は分かっている。
だけど、この気持ちはちゃんと言葉で伝えておかないといけない気がした。
もう今まで通りとはいかないだろうな。かと言ってグイグイ押したところで逆に離れていきそうだし……。
あぁ〜っ、でも言うの早過ぎたかなぁ? だけど出会って半年以上も経ってるし、このまま今の関係が続けば本当にファン一号との関係になってしまう。
どっちにしろ俺が何かアクションを起こさないと何も始まらない! でも、付き合える可能性は限りなく低いよなぁ……。
そんな事を考えていたら眠れなくなり、ようやく眠りについたのは朝の光が差し込む時間だった。
※
『はーい、成田くん今んトコもう一回、もうちょっと感情乗せて行こ!』
「はい、すみません!」
『もう一回!』
『もう一回っ!!』
『う〜ん、……ちょっと休憩しよっか!』
駄目だ、全然集中出来ない。いづみさんの事が頭から離れない。こんなんじゃ周りの皆さんに迷惑をかけてしまう。
するとそこへ、
「な〜にやってんだよ! お前のせいで全然進まないだろ? ボケっとしてないでもっと集中してやれよ!」
三上先輩が俺の頭をコツンと叩いた。
「すっ、すみませんっ! 気合い入れて頑張ります!」
俺はパンパンと両手で頬を二度叩き三上先輩に頭を下げた。
「なーんてな。どーした歩夢、心ここに在らずって感じだぞ? いつもちゃんとしてるお前を知ってるから周りの人達は目を瞑ってくれてるけど。……まぁ俺もしょっちゅう怒られてるけどな!」
「すみません。でもこうして駄目な時に怒ってくれる先輩が居るのはありがたいです」
先輩は俺の肩をトンと叩いて、
「今日、この後仕事は?」
「えっと、……今日はこれで終わりです」
「それじゃとっとと終わらせて飯食いに行くぞ、なんてったって俺達はバディだからな!」
先輩はバディの収録が終わった後も事ある毎に俺に声を掛けてくれ、同じ事務所の後輩だからってのもあるかもだけど、仲の良い声優や裏方の人を紹介してくれる。
最近は一緒になる機会が増えて色々とアドバイスをくれるのでとてもありがたい存在だ。
「はいっ! ありがとうございますっ!!」




