閑話 浮気はダメですよ
あぁ〜っ、もうっっ!!
電車に乗った瞬間にお腹が痛くなってきた。最寄り駅まであと三駅、間に合うかしら?
運が良い事に座る事が出来たんだけど、ウンが良い事ってお通じが良いって事じゃないからねっ! とか言う位はまだ余裕があるけど。お腹ゴロゴロ言ってるの周りの人に聞かれてないかしら?
一応ね、これでもクールビューティーなんて言われてる位、外ではメイクも服装もバッチリ決めてるのにお漏らしなんて出来る訳がない。蓮さまの歌を聞きながら気を紛らわせているけど、刻一刻とその時が近づいているのは明らかだ。
※
ふぅ〜っ、あと一駅! イケる! 扉が開いたら小走りでトイレに駆け込めばミッションクリア!!
とりあえず今は、便意の事は考えずただひたすら目を閉じて蓮さまの声に集中する。あぁ、いつ聞いてもやっぱり良い声だわ♡
『次は〜二鷹ぁ〜、二鷹ぁ〜、お降りの際はぁ〜
神のアナウンスが聞こえた! 私の中でカウントダウンが始まり、お尻になるべく力を入れずにすっと立ち上がり、少し前屈みになって扉に向かう。
ガタンッ!!
その時、電車が揺れて思わず踵に重心を置き踏ん張ってしまった! うぅっっ!!!
大丈夫? 私、出てない!? セーフ!!
無事に最寄り駅に着き扉が開いた。もうクールビューティーなんて気取ってられない! 思いっきり前屈みになってトイレに急ぐ。
※
ガーーーーン!!!
…………清掃中の文字が、まるで裁判官に死刑宣告を告げられた様に重くのしかかった。
でも、まだちょっとだけ余力があるわ! 希望を捨てちゃ駄目!!
それにもう最悪漏らしたって後は家に帰るだけだから誰にも気付かれないわ! なんてポジティブシンキング!!
でも、それは大人の女性としてどーなの?
あっ、そうだ! 駅前のコンビニでトイレを借りよう!
我ながら機転が利くわ! 腰を曲げヨボヨボとまるでお婆ちゃんの様になりながらも歩幅を狭くし、ゆっくりとコンビニまで向かう。急いじゃ駄目、ここは慎重に、ゆっくりと……。
見えた! ここからは涼しい顔でコンビニに入り一言『お手洗いお借りして良いですか?』と言えば私の勝ちが確定!!
くの字になった体を徐々に立ち直し、いざ参る!
そこへ、
「あっ、鈴森さんっ♪」
こっ、……このイケボはっ!? 間違いない、私がこの声を聞き間違えるはずがない。成田くんだ。
「あ、……あら、偶然ね。これからバイト?」
「はいっ、おかげ様で! 最近忙しくて中々入れなかったんだけど今日は深夜までです」
「そーなんだ。ふふっ、忙しくて良かったわね! それじゃ頑張って!」
こんな会話してる場合じゃないからっ! この作り笑顔にも限界がやって来た。私は軽く手を上げ目の前のコンビニへと向かう。
その時、
「……浮気ですか? 駄目ですよ他所のコンビニなんて! 欲しい物があるならウチで買えばいーじゃないですか!」
無理っ!! そんな年下の甘えん坊ボイスで言われても無理だからっ!!
「ごめんね、成田くんっ、急用なのっ!!」
私は振り返りもせず、一直線にコンビニに駆け込み、店員さんを射る様に見つめて一言、
「とっ、トイレ借りますっ!!」
返事を待たずにトイレに駆け込んだ。間に合ったぁ〜!!
ファスナーを下ろし、便座に腰を下ろした所で私の長い様で短い戦いは幕を下ろした。別に韻を踏んだ訳では無いのよ。とりあえず大人の女性としての威厳は保てたわ。
私はこれ以上ない開放感に包まれた。今までの苦労が報われるって、こういう事を言うのね。
さて、と、あとはさっきの店員さんに最高のスマイルでお礼を言ってお水でも買ってコンビニを出よう。
会計を済ませ、満面の笑顔でコンビニを出ると、げっ! 成田くんが待っていた。
「どっ、どーしたの? これからバイトじゃないの?」
「いや、……その、鈴森さんに謝らなくっちゃって。
すみません! トイレ我慢してたのに引き留めて浮気だなんだって言ってしまって!」
いーから! そんなよく通る声で頭下げたらみんな見るでしょ? 恥ずかしいっ!!
私は成田くんの腕を掴みつかつかと歩きながら、
「もうっ、浮気なんてしないからっ! ほらっ、バイト遅れちゃうよ!」
すると成田くんはイタズラな目つきでヘラヘラしながら、
「鈴森さんがコンビニに駆け込む姿を見て俺、なんか他の男に寝取られたなんて思っちゃったんです。あははっ、俺の彼女でも無いのに何言ってんだろ?」
顔から火が出た!
成田くん、私の事そんな風に思ってくれたの? てか美声過ぎるわ! 私の脳内で何度もリピートされてるんですけど?
「それって、……やきもち?」
なっ、何言ってんの私っ! 思ってる事が口から勝手に出てしまった。すると成田くんは顔を真っ赤にして、
「そーですよ! でも勘違いしないで下さいねっ、ウチのコンビニが劣ってると思われるのがシャクなだけですからっ!」
出たっ! ツンデレボイス!! なーんだ、私の勘違いか、そりゃそーよね、でもちょっと残念。
なんか悔しいから私は掴んでいた腕を離し、そのままその腕をむぎゅっと組んで、
「スマイルワンが一番よ! 私、一途だから浮気なんてしないから♡」
「すっ、鈴森さんっ!?」
恥ずかしがる成田くんの腕を組んだままコンビニの前まで歩いて行った。
あー、なんか大変な一日だったけど、終わり良ければ全て良しって感じよね!




