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白き御遣いと神子  作者: 木谷 亮
白き御遣いと人間の事情
26/26

第26話 脱走の顛末

ふわふわとした意識の中、私は心地よい眠りから少しばかり覚醒した状態で微睡んでいた。

スッと目の前にいろんな景色が浮かんでは消えていく。頭の片隅で「あぁ…これは夢だ…」と感じながらも、私は流れる景色をぼんやりと眺めていた。

この世界に転生した後の、獣になってからの出来事。

王子と出会ってからの事。

私が人間の姿になってからの事。

いろんな想い出が私の意識を過り、消え去っていく。

そしてどんどんと移り変わっていく景色の最後に、とても懐かしい光景が目の前に広がった。


「うちだ……」


そこは、東京に出てくる前に住んでいた、地方都市の端っこにあった我が家。

数年前に癌で亡くなった母と私が、高校を卒業するまで共に過ごした家。その家の中に、私はいた。

トントントンという軽快な音と一緒に、グツグツと何かが煮える音がする。

ふと音のした方向に目を向けると、そこには台所で忙しそうに働く母が立っていた。

どうやら夕飯の支度をしているらしい。西側を向いた窓から差し込んだオレンジ色の光が懐かしい母の姿を照らし、郷愁を誘った。


「おかあさん」


背を向けて台所で野菜を切っている母は、まだ若い。私が保育園に通っていたころの母だろうか。

ちなみに私の記憶がある限り、我が家には父はいない。母の言葉を信じるならば父は若いころ病気で亡くなったらしいが、我が家には父の写真の一枚もなかったのでそれが本当だったかは未だに私には分からない。

ただ一つ、ハッキリと分かっているのは、母がたったひとりで私を育て上げてくれたということだけだ。


「おかあさん」


もう一度声を掛けると、母はようやく振り返ってくれた。

知らず知らずのうちにエプロンの裾を引っ張っている私を見た母は、ニッコリ笑って「しょうがないイッちゃんね」と切ったばかりのキュウリを一つ、私に差し出してくれた。

貰ったキュウリを口に含むと、不思議と懐かしい味がして私は泣きそうになった。


(そういえば、昔はイッちゃんって呼ばれてたんだ…)


咀嚼していたキュウリの欠片が口から消えた頃、目を瞑った一瞬のうちに再び景色が変わった。

オレンジ色に染まった空は先程までと変わらない。しかし、私が今立っているのは懐かしいあの古い家ではなく、夕闇の迫った公園になっていた。

キョロキョロとあたりを見回すと妙に見覚えのある遊具に目が留まる。見覚えがあるはずだ、ここは私が小さい頃、よく遊んでいた公園と酷似している。


「ぺんぎんこうえん…」


私は記憶を辿った名前を口にした。

ペンギン公園はペンギンのモニュメントが中央に立つ公園だ。正式な名前はすっかり忘れてしまったが、家の近所にあったこの公園にはよく足を運んだものだった。

夢のわりにはやけに鮮明に見えるペンギン公園の中に足を踏み入れ、幼いころお気に入りだったブランコに座る。

キィキィなんて可愛らしい音ではなくギィィギィィと喧しい音を立てるブランコに、小さな笑いが零れた。こんなところまで忠実に再現されているのが可笑しかった。


「イッちゃん」


ふいに名前を呼ばれた気がした。

顔をあげて声の主を探してみると、小さな男の子が公園の入口に立っている。

男の子の顔は西日で逆光になっていてよく見えないが……私には確信があった。これが私の夢ならば、多分、私は彼を知っている。

友達たちがそれぞれの母親に手をひかれて帰っていった後の、静かな公園。そしてポツンと取り残されるように私だけがブランコを漕いでいると、決まってあの男の子はやってきた。名前も、住んでいるところも、年齢も知らない。だけど、いつもこのくらいの時間になるとやってきて、私と一緒に遊んでくれたのだ。

そう。いつも黄色い石のペンダントを首から下げていたから、私は「キィちゃん」と呼んでいた。いつのころからか姿を見せなくなってしまったけれど、彼は私の大切な親友だった。


(キィちゃん、懐かしいな)


しかし、こちらを向いて手を振る彼に、私も「キィちゃん」と呼びかけようとして手を上げた瞬間―――。

空間が、グラリと揺れた。

地震とも違う、しかしまともに立っていられない揺れに、私は思わず体を縮めてしゃがみ込んだ。


(……気持ちが、悪い…!)


グルグルと胃の中を駆け巡るような吐き気がこみ上げる。

猛烈なそれに耐えるように、目をぎゅっと固く瞑った。


「………カ……イ……」

「…?」


未だグラグラと体を揺らす私の耳に、かすかに誰かの声が聞こえる。

私だけれども、私じゃない名前を呼ぶ声。

それが訝しく思えて、私は警戒するようにゆっくりと目を開いていく。


「カノーイ」


大量の光が目の中に流れ込んでくる。

その眩しさに目を眇めながら光の渦を眺めていると、すぐ私の目の前に薄らと人影が浮かんだ。

金髪をキラキラと輝かせた端正な顔立ちの青年。その青年が私の顔をじっと覗きこんでいる。

心配げに揺れるその青い眼差しに、一瞬「誰だこの王子様キャラは」と考えて、しかし私はすぐに我に返った。


「…おーじだ」


目の前に居るのは、王子だ。

私が山の中で拾った男。適当に「王子」なんて呼んでいたけれども、実は本物の王子様で。周りの人に「殿下」と呼ばれ、人の上に立つ立場の人。

王子を認識した途端に、その他の情報も奔流のように頭の中に戻ってくる。

初めてこの世界で目覚めた日の事。

王子を見つけたときの事。

自分の翼を開いた時の事……。

それらの記憶が一気に戻ってきて、私はぼんやりとした意識のまま、しかしハッキリと理解した。

そうだ、私は生まれ変わったんだ。


「わたしは、しろきみつかい」

「カノーイ……?」


叶五香はもういない。

ここにいる私は、カノーイと呼ばれる獣で。白き御遣いで。この世界の聖獣なのだ。


「おい、どうした…」


今は人間の姿形になっていても、本当の姿は四つ足で歩く大型の獣。

長い爪、鋭い牙。自由に駆け回り、私を世界の理から解放する。

背中に生えた翼で飛びまわり、ミコ……そう、神子を……。


「カノーイ!」


何かを思い出しかけて視線を宙に彷徨わせた私は、しかし突然抱きすくめられてハッと短く息を吸い込んだ。

心臓がドキドキする。少しの間、無意識に息を止めていたのかもしれない。しかし深呼吸をしようとして、うまく息が吸えないのに気がついた。王子が私の体をがっしりとホールドしているのだ。

更にギュッと体を締め付けるように強く腕をまわされて、私は小さく呻いた。


「ぐ、ぐぇっ」


ギブギブ、と腕をバンバンとしばらく叩くとようやく王子が力を緩めてくれる。

まだ腕は私の体にまわされているが、それでも先程までの窒息地獄ほど苦しくはなくなり、私は深く息をついた。


「はー…、苦しかった」

「す、すまぬ……」


数度深呼吸をしてから王子を改めて見上げる。

いつもの居丈高な様子が嘘みたいに「大丈夫か?まだ苦しいか?」とオロオロとしている王子は、まるで別人みたいだ。それに心なしか、その体もいつもより小さく見えるような。


「ん?」


というか本当に小さくないか?と私はしげしげと王子を眺める。

普段私が王子と並ぶと、私の目線はだいたい王子のお尻より少し低いあたり。それが今は立ちあがっていないとはいえ……王子との身長差が妙に少ない気がする。

体を屈めて私に抱きついたままの王子を無理矢理に引き剥がして立たせ、自分自身も体を起こして立ち上がる。どうやら私はいつの間にかベッドに横になっていたらしい。


(んー?)


王子と並んで立つと、私の感じた違和感は顕著な答えとなって目の前に現れた。

やはり、身長差が変わっている。今の私の目線は、王子の腰より少し高いあたりだ。


「んんー?……王子が縮ん……だわけないわよね」


首を捻りながら私は再び王子を見上げた。

下から覗き込むように見上げると、すぐにお互いの視線が合わさる。


「どうした…」


すると心配そうな瞳の色はそのままに、王子は私の頬に優しく手を当ててくる。その視線は未だかつて見たことがないほどに熱く、まるで最愛の恋人を見つめるようにトロリと甘くて。

黙っておけば美青年、口を開くと存外意地の悪い男であるはずの王子の媚態にも似た表情に、しかし私は内心で「ヒィィィ…!」と悲鳴を上げると、思わず背筋をゾクッとさせた。


(だ、誰だこれ…!こんな人知らないんですが!)


客観的にみれば私は今、とんでもなくイイ男に密着されているわけで。

乙女ならばトキメいてもおかしくないラブイベントに遭遇しているはずなわけで。

だが王子と暮らしてきた私はむしろ別人のような王子に寒気すら覚えてしまい、思わず確認してしまう。


「…………アナタ、王子ダヨネ?」

「何を言う。私以外の、誰の腕の中にいると思うのだ?カノーイ」

「……あー、うん。王子だね」


言っているセリフは甘いけど、その心の狭さが分かる表情は確かに見慣れた王子のものだ。うん。ちょっとホッとした。

心を少しばかり落ち着けると、私は周囲の様子がいつもと違うことに気付く。

ここ数日で見慣れた、神殿の客室。

しかし此処は、私に与えられた寝室とは違うようだ。

グルリと周囲を見回し、そして最後に鼻をスンスンと鳴らして嗅いで、私はこの部屋がどこであるかを悟る。ここは多分、王子の寝室だ。

ここにはグラウもアラヴィも居ないけれども、特別な葉っぱなのだと言ってアラヴィが入れてくれたお茶の香りがほんのりと残っており、その香りがここが王子の部屋なのだと私に教えてくれた。

どうやら私は王子のベッドに寝かせて貰っていたようだ。

なにげなく視線を窓に向けると、窓の向こう側はとても暗く、全く窺うことができなかった。寝ていたために時間の感覚がないが、たぶん今は深夜なのだろう。

ふぅ、とひとつ息をついて、私は引き込まれるようにして再びベッドに腰を下ろした。


「…具合が悪いのか?」


そんな様子を見ていた王子は、私が「立っていられないほど具合が悪い」のだとでも勘違いしたのか、しきりに私の体調を心配してくれるので、私は小さく首を振って否定する。


「平気。というか今更気付いたんだけど、もしかして私、身長が伸びた?」


心なしか手足の感覚がいつもより長く、そして遠く感じられる。未だに王子の胸にも届かないくらいの身長だが、それでもこの体の違和感は私が成長したのだと言われればしっくりくる。

私の問いに王子は深く頷くと、何かを吐きだすかのように長い溜息をついて私の横に腰を下ろした。ギシッという小さな音とともに私の体が少し沈む。

王子はしばらくしげしげと私を眺めてから、フムと顎に手を当てた。


「かなり、成長している。今は……そうだな、12歳くらいに見える」


良かった、いきなり38歳になってなくて。

私は密かに安堵した。


「正直なところ、私も驚いた。カノーイ、眠る前の事を覚えているか?」


自分の姿を見てみたいなぁなどと考えていたら、不意に王子の質問を受け、私は首を傾げた。


「眠る前?」

「そうだ。お前は半日ほど眠っていたから……、まぁ、昨日の事だな」

「昨日……」


王子の言葉に触発されたのだろう。突然私の脳裏を記憶の波が走った。

一番最初に浮かんだのは、想い出の茶色のローブ。

それから、山での事を話しているときの、ワーグの興味深そうな目の輝き。

そして、やってきた兵士たち。

そこまで思い出して、私は「あぁ…」とあの後自分が気を失ったことと、その原因を思い出した。

そう。あの後、兵士たちに呼ばれた王子がやってきたのを見たのを最後に、私は気を失ってしまったのだ。他ならぬ王子の、地を這うような凄まじい怒気から逃げるようにして。


(王子って元々怒ると怖いけど、あれは気を失っても仕方がないレベルな気がする…)


般若のような顔に、轟く怒気。そして感情を読み取らせない、底知れない眼差し。しかしその場に渦巻く気配が、オーラが、王子の怒りを如実に表していた。

あれは本当に怖かった。思わずチビるかと思った。気を失ってむしろ良かったのかもしれない。

あの時のことを思い出しながら、私は「王子を怒らせるような事は極力しまい…」と心の中でひっそりと誓う。

なんだか随分昔のことのように感じるが、あれはどうやら昨日の出来事だったらしい。


「あーうん。思いだした。私……気を失ったんだった…よね?」

「あぁ、そうだ。だからお前をひとまず私のベッドに寝かせておいたのだ。……どうやら記憶が飛んでいるわけではないようだな」


安心したように王子はホッと息を付いて小さな笑みを零す。

知らぬ間に随分と心配をさせてしまったらしい。

その横顔に申し訳ない想いをこみ上げつつ、私はなにげなく自分の手を見下ろした。

ほっそりとした、白い5本の指。

ここ数日で見慣れたプクプクお手手は、プニプニ感は未だ健在なものの少しばかり肉が薄くなり指が長くなっている。

変化を遂げた自分の手を眺めながら、私は呟いた。


「……なんで成長してるんだろう」


そういえば、いつの間にか私の舌も上手く回るようになっている。アラヴィと特訓したことを差し引いても、こんなに言葉がつっかえずにスラスラと出てくることに違和感を覚えた。これも、体が成長したから、ということなのだろうか。

私の疑問に、王子は少し考え込む。


「…それは私にも分からぬ。お前をベッドに連れてきたときは、まだ小さいままだった。私がお前の成長に気づいたのは、ベッドに寝かせてしばらく経ってからだ。少しずつ成長しているお前に気付き、それから見ていたが……つい1刻ほどだな、成長が止まったのは」

「そうなんだ……」


その時のことを思い出しているのか、王子は遠い目をする。

しかしすぐに小さく頭を振ると、


「まぁ、お前は元々人間ではないのだ。人間とは成長速度が違うのかもしれぬ。…深く気にすることもあるまい」


と笑った。

とりあえず、お前が元気であればいい。

そう付け加えられて、私は知らず知らずのうちに顔を赤くする。

私には先程のような甘いセリフよりも、こうやって私の身を案じてくれる言葉のほうが嬉しくて、ちょっぴり気恥ずかしい。


「そういえば」


ふと思い返して、王子を振り返る。

私が気を失った後どうなったの?――と聞きかけて、私は頭の隅で何かの引っかかりを感じ、一瞬言葉を詰まらせた。

何かを、忘れている気がする。


(なんだろう……)


忘れてはいけないことを忘れているような感覚に妙な焦りが生まれるが、何を忘れているのかも分からない以上、よく思い出してみるしかない。

とにかく落ち着いて思いだしてみよう、と私はまず手始めに昨日の記憶を手繰っていった。


(昨日は、うーーん確か王子たちに部屋に閉じ込められて腹が立ったから部屋抜け出したんでしょ。それで、そのままお散歩して、神官たちに拝まれて、それでワーグに会っ……)


そこまで思い出して、私はアッと声を上げた。

マズイ。

非常にマズイ。


(……ワーグの事、忘れてた……)


最後の記憶を掘り起こして、私は青くなる。

ワーグは確か、誘拐犯か何かと勘違いされて槍を突き付けられていたではないか。

下手をすると、誘拐犯として牢屋に入れられるか、処罰されているか。嫌な想像に私は蒼白になって、隣に座る王子の袖をギュッと握りしめる。

ただの神殿探検…というかお散歩をしていただけなのに、私もまさかあんなにも大ごとになるとは思わなかったのだ。


「…あの……王子、その、ワーグは…」


恐る恐る尋ねた私に、王子は「あぁあの神官か…」と思い出したように呟いた。

そしてフッと笑うと、私の頬を剣ダコのついた指先でそっと撫でる。


「誘拐の疑いの事だろう?それなら既に晴れている」

「本当?あー良かっ―――」

「廊下を練り歩いているお前の目撃談が多数出てな。誘拐ではないことが分かった。……随分あちこちにまで顔を出したみたいだな?」


しっかりバレている……。

ワーグの無罪が分かり安心したのもつかの間、頬を撫でるその指の動きが、今は逆に怖い。

しかしそれでワーグの疑いが晴れたのだから、と私は無理矢理自分に言い聞かせながら、私は冷や汗の垂れるこめかみを洋服の袖で軽く拭った。


「あは、は………あーそっかそっか。うん、疑いが晴れて良かった」

「そうだな、『彼の』疑いは晴れた」


彼の、というところを強調した王子に、私は背筋を寒くしたまま「へー」と引きつった笑いを浮かべた。

なんとなく、嫌な予感がする。

だって、目の前の王子が、悪辣な笑顔で私の顔を覗きこんでいる……!

恐怖に固まる私に、しかし王子は一瞬笑いをかみ殺すような顔をすると、横目で「ところで」とわざとらしいくらい緩慢に言葉を続けた。


「お前の居た部屋が散々たる有様になっていたな………そう、まるで『とても力が強く背の低い人物』が、あの部屋から出た痕跡のような……」


その言葉に、私の体が傍目にも分かるほどバキッと固まる。

そんな私を少しばかり可笑しそうな顔をして、王子がさらに続けた。


「そういえばワーグ神官から聞いたのだが………お前には獣の時と同じ腕力がある、と……彼に話したそうだな?」

「………」


バラすな、ワーグ!


「ということは、カノーイにはお前の部屋の『あの惨状』を作りだせる腕力があるわけだ」

「…あは、ははー……うーん、どうかなー……」


尚も明後日の方向を向いて曖昧に誤魔化す。

というか怖くてとても素直に認められそうにない。

だが王子のほうが私よりも一枚上手で。

王子は「まぁ良いが」と苦笑を浮かべた後、


「しかし、天蓋まで外されていたのはさすがの私も驚いたな……天蓋はなかなか大変だっただろう。何か工具でも使ったのか?」


と心底不思議そうな表情で聞かれて、ついうっかり私はヘラリと笑って言葉を返してしまった。


「工具なんて要らないよ。台座に支柱がハマってるだけだったし、ちょっと持ちあげるようにして引っこ抜けば」

「………」

「………」

「………」

「………あ」


再び笑って誤魔化そうと思っても、時すでに遅し。

私の口から転がり出てきた言葉は、もはや巻き戻ってはくれないのだ。


「………悪い子には、お仕置きを与えなくてはな?」


……。

私の肩をガッシリと掴んでニヤリと笑った王子は、これ以上ないほどに、とても生き生きとして見えた。



***



半泣きになりながら、自分がめちゃくちゃにした部屋の片づけを全て終わらせた頃。

私はぼんやりと嵌め殺しの窓から外を眺めていた。


「………」


眩しい朝日が、部屋いっぱいに清々しく差し込んでくる。

しかし明るく照らされた私の顔は朝とは思えないほど疲れきっており、哀愁の漂う後ろ姿は12歳どころか前世よりも年を取って見えた。

疲れ切った体を労わるように後ろ首を軽く揉んで溜息をつくと、私は緩慢に後ろを振り返った。

ようやく綺麗に、元通りになった部屋。

片付ける前は王子の言う通り散々たる有様だったが、今は昨日の昼間の大騒動が嘘みたいに静まり返っている。

これも自業自得、自分で荒らした部屋を片付けるのは当たり前のこととはいえ、もしも過去に戻れるのならば部屋を脱走しようとした自分を止めてやりたいと今は思う。体が縮んでいた影響なのか、あの時の私は思考まで幼くなっていたらしい。少し考えれば、怒られることも、後々部屋を片付けねばならなくなることも、分かりそうなものなのに。

私は再度、深く息を吸うと思いっきり吐き出した。深呼吸をすると、少し疲れがとれるような気がする。ただの錯覚かもしれないけれど。

綺麗になった部屋を眺めながら昨日のことを思い返して、私は心の中で強い決意を固めた。


王子は決して怒らせまい、と。


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