第九話 始まりの星
春風祭の翌日。
アステルは、師匠から呼び出しを受けていた。
「ただいま帰りました、ヘカテー先生」
紺色の髪を三つ編みにした小さな魔法使いは、
師匠である『黒の魔女』ヘカテーへ挨拶をする。
「アステルちゃん……おかえり……」
ヘカテーは、いつもの穏やかな声でそう答えた。
「リリエルちゃんと一緒に見てたよ……」
「星の魔法も……『星の極光』も……本当に綺麗だった」
少しだけ目を細める。
「あなたが星を継いでから数年……」
「もう私より、すごい魔法使いになったね」
そう褒められて、アステルは慌てて首を横に振った。
「そんなことは……」
「ヘカテー先生がいたから、わたしは……」
そこまで口にして。
わたしは、今に至るまでの軌跡を思い返していた。
あれはわたしが5歳くらいの頃でしょうか
この時間だけは、
おじさまを独り占めできるからという思いもあってか
本を読んでもらうことが好きだったわたしは
おじさまの自室を控えめにノックして
「どうぞ」と迎えられると
本を読んでとおねだりした。
いつものようにベッドの上に座り
両手を広げると
わたしは飛び込むようにおじさまの膝の上に乗っかった。
「今日はこのご本を読んで欲しいの」
と差し出したタイトルは『星の魔法使い』
読めるのかな?と思っていると
お星様がキラキラだから持って来たのと
無垢な笑顔で見つめていたそうです。
おじさまは幼いわたしにもわかるようにお話を始める
昔々あるところに1人の女の子がいました
本を読むことと星を見ることが
大好きな普通の少女でした
から始まり
ある日を境に世界で災厄が起こり始め
それはやがて少女の身に危険が迫りました
こんなところで諦めたくないと少女が覚悟を決めた時
不思議なことが起きました
大好きな本と星が共鳴しあたりを包みました
目を開けた時には災厄を退けられていました
星を愛した少女は星にも愛されていたのです
たった一度の奇跡でしたが
少女はまた同じ光景が見たいと努力しました
星の位置が変わるぐらい長い時間をかけて
少女はついに星と共に歩むことを許され
世界を守りました
星の魔法使いと言われた少女が語る
どんなに遠くにあるものであっても
諦めなければいつか星すらつかめます
と言う締めの内容でした
わたしはこの話を聞いてから眠るのが好きでした
夢の中で星を操る魔法使いになっていたからです
それがわたしの憧れの始まりでした。
魔法に興味を持ったわたしは、
おじさまに連れられて
大聖堂管理の魔法学校に見学に行きました。
そこでは生徒たちが歓迎を込めて
魔法の演舞を行っていました
炎、水、雷、風
煌びやかな魔法の数々に
わたしは目をキラキラ輝かせていた。
最後に出てきた黒い魔女のお姉さんの見せる魔法に
一番の興奮をしていました。
黒の魔女は何かを呟きロッドを振ると
突然世界から光が消えた。
昼だったはずの空が夜になる。
突然の変化に周囲は驚いていましたが
わたしには恐怖はなく、何故か妙に安心感を得ていました
闇の中。
無数の魔法陣が浮かぶ。
一つではない。
幾重にも重なる複雑な術式。
詠唱はない。
ロッドを軽く動かすだけ。
瞬間。
炎と光が混ざり合った
星屑のような火花が夜空いっぱいに咲く。
赤。
青。
紫。
金。
見学者全員が言葉を失う。
まるで、夜空そのものを魔法にしたような景色。
一礼すると暗闇は晴れた。
皆が呆然とする中、
おじさまが最初に大きな拍手を送り、
つられるように拍手が続き、会場中が拍手で包まれた。
後日、おじさまの家族だと言う魔女さんに
会いに行くことになりました。
わたしは緊張しながら
「あの…すごく…綺麗でした。
星みたいに輝いていて
わたしも、あんな魔法が使えるようになりたいです」
と言うと
「!?」
率直すぎる褒め言葉に顔を赤くするヘカテーは
少し間を置いて、語りかける。
「褒めてくれてありがとう」
「……でも。」
「あれは、星の光を再現しただけ。」
「本物じゃない。」
アステルは首を傾げる。
ヘカテーは空を見たまま続ける。
「本当の星は。」
「もっと綺麗。」
「もっと遠い。」
そしてアステルの方を見て、
本当に優しい笑顔で。
「いつかあなただけの星を見せてね」
「あなたにその気持ちがあるならこれから勉強に来るといい」
後々なぜ魔法に興味を持ったのかの話をした時に
童話「星の魔法使い」の話が出て
わたしも先生も昔から好きだったことがわかり
意気投合しました。
仲良くなって
ヘカテー先生、アステルちゃん
と呼びあうようになった。
入学祝いにヘカテー先生から
星の意匠のヘアピンをプレゼントしてもらいました。
先生の髪に隠れていない目の側の髪につけた
黒猫のヘアピンを指して
「むかし、アルちゃんに
猫ちゃんのヘアピンをもらってから
ヘアピン集めが好きになったの」
わたしの紺色の髪にヘアピンを添えて
「アステルちゃんの髪に映えて
まるで星が夜空に浮かんでいるみたい」
と言って褒めてくれた。
それが先生から頂いたわたしの宝物の一つとなった。
魔法学院へ入学したわたしは
思うように魔法が使えませんでした。
魔力量、コントロール共に問題ないとのことだったが
どの属性魔法も何度練習しても失敗し続け
わたしには才能がないのではないか。
そんな不安だけが積み重なっていく。
思春期に入り、人に頼ることや
甘えることが恥ずかしくなり
夜遅くまで一人で特訓を続けるわたしを、
おじさまは静かに見守ってくれていました。
「今日はここまでにしよう。」
そう声をかけると、わたしは悔しそうに俯く。
「……わたしには才能がないのかもしれません。」
おじさまは何も否定せず、
本棚から一冊の本を取り出した。
紺色の表紙に、金色の星。
『星の魔法使い』
幼い頃、毎晩読んでいたあの絵本だった。
「覚えてる?」
ページを開く。
「昔々あるところに、本と星が大好きな少女がいました──」
聞き慣れた言葉。
忘れていた景色が少しずつ蘇る。
膝の上で本を読んでもらった夜。
夢の中で星空を飛んでいたこと。
「あ……。」
思わず涙がこぼれる。
おじさまは本を閉じ、穏やかに笑った。
「焦らなくてもいい。」
「君の中には、ちゃんと星がある。」
「まだ光り方を知らないだけなんだ。」
わたしは空を見上げました。
幼い日の自分が手を伸ばした星空。
あの時の憧れは、今も胸の中に残っていた。
「……はい。」
その返事は、小さいけれど確かなものだった。
わたしは少し照れながら笑う。
「……子どもみたいでした。」
するとおじさまは首を横に振る。
「まだ十歳だよ。」
「子どものうちは、たくさん甘えていい。」
その言葉を聞いたわたしは、少しだけ肩の力が抜け、もう一度前を向いて歩き始めた。
何度も失敗を重ねながらも、
わたしはついに一つの結論へ辿り着く。
「……星群の叡智。」
星魔法を完成させるには、それが必要なのだと気付く。
けれど、そこから先の記録はどこにもない。
図書館を探しても。
古文書を読んでも。
何も見つからない。
王国随一の蔵書を持つヘカテー先生に
「先生、『星群の叡智』を探したいんです。」
と言った瞬間、
ヘカテーは少しだけ目を見開く。
そして書庫の一番奥へ向かう。
そこには、誰にも見せたことがない本。
長年、「いつか誰かが続きを探してくれるかもしれない。」
と思って集めてきた資料。
それをわたしへ渡してくれた。
「ずっと、
誰かが続きを探してくれる日を待っていたの」
先生から託された想いの詰まった本。
これが、きっと手掛かりになるはずです
疲れた顔で、それでも本をめくり続けた。
その姿を見たアルフォンスは、
一人静かに部屋を後にした。
⸻
翌日。
冒険者ギルドの応接室。
冒険者ギルドのミレーユと
商業ギルドのヴィルヘルムを前に、アルフォンスは深く頭を下げる。
「お願いがあるんだ。」
「『星群の叡智』という本を探してほしい。」
一瞬の沈黙。
そして二人は顔を見合わせる。
「「貸し一つね。」」
息ぴったりの返事に、アルフォンスは思わず苦笑する。
ミレーユは腕を組みながら笑った。
「おじさまと可愛い妹のためなら、何だってするわ。」
「……でも、それはそれとして。」
「今度デートしましょ。」
アルフォンスは困ったように笑う。
「またその話?」
「もちろん。」
ヴィルヘルムも肩をすくめる。
「未来への投資は惜しむべきではありませんからねぇ。」
「才能という宝石は、磨く前に失くしてはいけません。」
そう言うと、二人はそれぞれ動き始める。
⸻
ミレーユは冒険者ネットワークを使い、
各地の遺跡や迷宮の情報を集める。
ヴィルヘルムは商業ギルドの情報網を使い、
王国中の古書商や収集家、国外の商人にまで問い合わせる。
アステルは資料をから浮かぶ手掛かりを2人に伝える。
戦う者と、繋ぐ者。
二人の力が、一つの目的のために動き出す。
⸻
数週間後。
ヴィルヘルムが一冊の古びた本を机に置いた。
「見つかりましたよぉ。」
「『星群の叡智』です。」
アステルは震える手で本を受け取る。
アステルが本を手にした瞬間、
星のような淡い光が溢れた。
幼い頃に憧れた星空が、
まるで目の前に広がるようだった。
「……おじさま。」
涙ぐむわたしに、おじさまは穏やかに微笑む。
「君が諦めなかったからだよ。」
「みんなは、その最後の一歩を支えただけ。」
わたしは本を胸に抱きしめる。
「皆さん、ありがとうございます。
わたし、やります。」
その瞳には、もう迷いはなかった。
わたしが開くまで白紙だったページは
少しずつ文字が浮かんでいき
一週間後には一ページ。
一年後には、少しずつ読めるようになっていく。
アステルの努力の甲斐あって
この数年で星群の叡智を解読し
御伽噺の産物だと思われていた
「古代星魔法」を現代で初めて復元する。
火でもない。
風でもない。
光でもない。
星属性魔法。
失われた系統魔法が復活した瞬間だった。
あの頃のわたしは、
自分だけが星を見つけられないのだと思っていました。
周りは火や水の魔法を覚えていくのに、
わたしだけは何もできない。
けれど、おじさまは
一度も「才能がない」とは言わなかった。
「君だけの星を見つければいい。」
その一言が、わたしの人生を変えました。
⸻
だからわたしは努力できた。
誰かを見返すためじゃない。
「おじさまが信じてくれた自分」
を裏切りたくないから。
そんなわたしを周りの人々が支えてくれたから。
だから何度失敗しても、本を閉じない。
何度魔法が暴発しても、次の日にはまた机に向かう。
その積み重ねが、『星群の叡智』に認められ、
失われた星魔法を現代に蘇らせた
「ヘカテー先生やみんながいたから、
わたしだけの星を見つけられました」
ヘカテーは
しばらく何も言わず
ただ見つめる。
子どもの頃に読んだ童話。
何十年も集め続けた本。
かつて憧れても届かなかった夢を
この小さな体でアステルはたどり着いた。
⸻
そして。
今まで誰も見たことがないくらい、
柔らかく笑う。
眼鏡の奥の目が細くなる。
そのまま、ぽろっ。涙が一粒。止まらない。
ぽろ、ぽろ……。
肩が震える。
⸻
アステルは慌てる。
「せ、先生……?」
ヘカテーは涙を拭こうともせず、
かすれた声で、
「……ありがとう。」
そして、
アステルを抱きしめる。
少し強く。
震えながら。
⸻
そして、はっきりと。
「私の夢も……叶えてくれて、ありがとう。」
その瞬間だけは、感情が全部あふれる。
恥も外聞もない。
学院一静かな先生が、子どものように泣く。
⸻
そば付きのカラスも今日は鳴かない。
いつもなら代わりに返事をしてくれる相棒も、
ただヘカテーの肩に止まり、
静かに寄り添っている。
⸻
アステルは先生を抱き返して、
「先生だけの夢じゃありません。」
「私たちの夢です。」
⸻
この一言で、ヘカテーはさらに涙を流す。
子どもの頃、一人で抱き続けた夢。
それがいつの間にか、
弟子と一緒に叶える夢になっていた
わたしはこう思います。
どんなに遠い星でも。
一人では届かなくても。
信じてくれる人と、支えてくれる人がいて。
自分も諦めずに手を伸ばし続ければ――
いつか、星は掴めますから
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第九話は、アステルが星に憧れ、挫折を乗り越え、自分だけの星を見つけるまでのお話でした。
幼い頃におじさまから読んでもらった『星の魔法使い』。
ヘカテー先生が長い間抱き続けていた夢。
そして、アステルを信じ、支えてくれたたくさんの人たち。
一人では届かなかったかもしれない遠い星も、誰かの想いと、自分の諦めない気持ちがあれば、いつか掴める。
そんなアステルらしい物語になっていれば嬉しいです。
シア、ラピス、アステル。
三人がそれぞれ、おじさまから受け取った想いを、自分だけの形にしていく姿を書かせていただきました。
次回からは、再び現在のハースベルへ戻る予定です。
これからも『ただいま、おじさま。 ~おかえりと言える場所~』をよろしくお願いいたします。




