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第十話 ヴィルヘルムという男

このハースベルには、ヴィルヘルムという男がいる。


ヴィルヘルムは見た目の印象は漆黒。

高めの身長で細身でスラッとしている。


黒髪をオールバックでまとめて

小さな丸メガネをかけた糸目で

常に胡散臭い微笑みを浮かべている。


黒いスーツに黒いネクタイ、

商業ギルドらしく身だしなみは完璧。


髪の色と同じスーツを着こなし40手前ながら

その辣腕で商業ギルドを切り盛りしている。



人によっては冷たい印象を与えるが

本人が醸し出す雰囲気が非常に怪しいので

あいつはやばいんじゃないか?と噂されている


本にはイケてるつもりだが

見る人によっては、


「絶対裏社会の情報屋だ……」

「詐欺師じゃないか?」

「絶対悪人だ」


と思われている。



時折り町の中で

リィンを手で遊びながら

ニヤリとした笑みを浮かべてたり

猫を撫でたりしていると

何か悪いことをしようとしていると思われがちだが、



好きなのは“お金そのもの”ではなく、


* お金の歴史

* 経済の仕組み

* 貨幣制度

* 市場が動く理屈

* 人の営みを支える流れ


そして何より、

硬貨を作る元となった鐘の音にも似た

硬貨同士が触れた時の


「リィン……」


という澄んだ音。


その音が好きだから、

手のひらでコインを転がして遊んでいる。


他人から見ると


「また悪巧みしてる……」


にしか見えない。


本人は


「この音、いいですねぇ。」


くらいしか考えていない。



猫だけは彼を警戒しない。


ヴィルヘルムも


「おやおや。」


と笑いながら撫でている。


その姿だけ見ると優しい人なのだが、

人間にはまず見られない。



初対面の人からはまず警戒されることが多く

子どもには泣かれることも日常茶飯事。


迷子の子供の手を引いて歩いていると


「子どもを連れて行こうとしてたぞ!」

「子供を売り飛ばそうとしているんじゃないか?」

と疑われ、

(※グランベル王国に奴隷制度はありません)


通報を受けて駆けつけた冒険者ギルドの自警団員は

「またヴィルヘルムさんですか。」


「迷子の子を見つけたから

一緒に親御さんを探していただけなんですけどねぇ。」


「知ってますけど、今月だけで3件目ですよ。

うちのギルマスに怒られますよ」


「ミレーユに怒られるのは勘弁したいですねぇ」

と言いながら慣れた様子で肩をすくめる。


と言った具合で

「あの人、怪しい……」

の第一印象で通報されることも珍しくない。


見た目も怪しいが

何よりも

「こんなに正直に言ってますのにぃ、

困った人たちですねぇ」

のように語尾を伸ばす癖が

余計に胡散臭さを増していることに

本人は気づいていない。


流石に古株の大人たちは

見た目より悪い男ではないことはわかっているが


比較的若い年齢層の人たちは

ヴィルヘルムに対してまだ

疑いの目をもっていると

アルフォンスが誤解を解いたりしている。


ヴィルヘルム君はとても優しいんですよ。


と言ってとある事件の話を始める。


まだ孤児院で、抱えている子供たちが多く

食糧も寄付も少なかったので

孤児院の存続が危ぶまれた時があった。


いやらしい目的で子供を引き取りたいという輩や

人身売買が目的ではないかと思われる悪徳商人が

資金援助の名目で近づいてくることがあり、

子供たちを危険な目に合わせるわけにはいかないと

気を張っている時期があった。



そんな時、商業ギルドからの支援の名目で

アルフォンスたちに会いに来てくれていた。


「こんにちはぁ。」と声をかけると


まだ幼い子供たちは


「この人怖い……。」


とアルフォンスの後ろに隠れる。


ヴィルヘルムは優しくしゃがみ、


「大丈夫ですよぉ。僕に任せてくださいねぇ。」

というが……余計に怖い。


⸻


でもアルフォンスだけは笑って、


「ありがとうございます、ヴィルヘルムさん。」


と迎えた。


⸻


数日後。


孤児院を狙っていた悪徳商人や人身売買まがいの連中が突然ぱったり姿を見せなくなる。


誰も理由は知らない。


⸻


町では噂になる。


「商業ギルドが何かしたらしい。」


「いや、あの黒服の男が……。」


「もう近寄るなって言われたそうだ。」


⸻


実際にはヴィルヘルムが商業ギルドの情報網を使い、


違法な商売をしている連中へ

静かに警告して回っていた。


「あの孤児院には手を出さない方がいいですよぉ。」


と笑顔のまま。


相手からすれば、

冒険者時代の二つ名「微笑みの狂戦士」

が笑って忠告してくる。


もうそれだけで十分怖い。


⸻


別に脅したわけではなく、

朗々とこの孤児院に手を出した場合と罪状と

そこからの彼らの末路を語っただけ。


ヴィルヘルムからすれば『ただのお話』をしただけだが


悪党たちは、


「あいつのシマに手を出すのはまずい」

「あの孤児院には近づくな。」


繰り返し言おう、別に脅したわけじゃない。


「あんなヤバい奴が先に手を出してるものに

手は出せねぇ」

「あいつが関わってるなら割に合わない。」


という評判だけで効果は十分で

シエスタに手を出そうという不届きものはいなくなった。


⸻


当時のことを子どもたちは

何年も後になって初めて知る。


「昔、孤児院を守ってくれていたのはヴィルヘルムさんだった。」


皆は顔を見合わせて、


「あの時は怖い人だと思ってごめんなさい。」


と謝罪する。


ヴィルヘルムは照れくさそうに、


「そんなこともありましたねぇ。」


と、いつもの調子で返した。


こう言ったエピソードを教えたり


普段から街を見回りして、

子供たちが危険な目にあっていないか、

町に商業ギルドとしてできることがないか

探したりしているんですよ。


口では「仕方がない」なんて言うけど

とっても優しい方なんですよ。ヴィルヘルム君は。

とにこやかにフォローを入れている。



また、ヴィルヘルムの仕事の一環で

目利きを求められることがある


その日も大聖堂で行っている子供たちの教育風景を

視察にきました。


見慣れない大人の姿に、子供たちは緊張します。


授業の様子を見たヴィルヘルムは、

担当の神官にこう言いました。


「あの子とあの子とあの子、いいですね。

後で別室に呼んでください。」


何かやってしまったんだろうか。

不安になる子供たち。


しかし、部屋で迎えたのは

満面の怪しい笑みを浮かべたヴィルヘルム


「君たちには才能がある。

それを僕の手で花開かせてくれませんか。」


そう言って手を広げて、一枚の紙を渡す。


商業ギルドの後進育成プログラム

そう書かれた紙には、

子供たちが今までも見たことのない待遇、

学習の様子、そんな体験の内容が書かれていた。


「これは本当なの?」


と神官に尋ねる子供たち。


神官も満面の笑みを浮かべて、


「これは本当のことですよ。

この方は信用できる方です」

と子供たちに笑いかける。


「本当に僕なんかが?成績がいい子はもっといるよ」

と不安がる子供に

ヴィルヘルムは肩に手を置き、語りかける。


「僕はですねぇ

人の話をよく聞ける子。

困っている友達を自然に助けられる子。

機転のきく子。

諦めずに最後までやり抜く子

が好きなんです。」


「商人は物の価値を見る仕事だと思われがちですがねぇ。」


「本当に価値があるものは、値札なんて付いていません。」


「石も宝石も、最初は同じように地面に埋まっています。」


「見つける人がいて、磨く人がいて、ようやく輝く。」


「君たちは、まだ誰にも磨かれていない希望の原石なんですよぉ。」


「君たちの才能は本物ですから

胸を張って頑張っていきましょう。」


将来的にこの子供たちは、

商業ギルドの重要な役職に就いていく。


今までスカウトした人材も、

すべてヴィルヘルムの目によって

目利きされた人たちである。


その人たちは声を揃えて言う

この人に見つけてもらってよかった。


ヴィルヘルムは こう言った。


「報われない才能の子供ほど惜しいものはない。

子供は国の宝です。」


「まあ、

僕は自分が楽をするためにしているんですけどね、」


と笑いながらおどけて見せた。


「僕は人を見る目だけは自信があるんです。」


「宝石は磨けば輝きます。

でも、人は磨く前から輝いているんですよぉ。

僕の仕事は、その輝きに気付くことです。」



その怪しくも優しいギルドマスターは

今日も商店街で猫を撫でている


そこへ昔馴染みの冒険者ギルドのマスターの

ミレーユが通りかかる。


「ヴィル。」


「おや、ミレーユじゃないですかぁ。」


少し世間話をしたあと、

ヴィルヘルムがいつもの調子で笑う。


「商業ギルドも順調ですよぉ。」


ミレーユはため息をついて、


「仕事は完璧なんだけどね。」

「あなた、そんなんだからまだお嫁さんのもらい手がないのよ。」


「えぇ!?そんな理由なんですかぁ?」


「八割それよ。」


「心外ですねぇ。」


「その語尾。」


「語尾ですかぁ?」


「そこ。」


「…………。」


⸻


そこへルナとハオの夫妻が通りかかる。


「うちもそう思うわ。」


「まずその笑顔が怖い。」


ガレスも続き


「黒いスーツもな。」


アルフォンスだけは


「皆さん、ヴィルヘルム君は素敵な方ですよ。」


⸻


そしてヴィルヘルムは少し考えて、

「そんなに怪しいですかねぇ……。」

と丸眼鏡を外してみる。


近くにいた子供は

「うわああああん!」と泣き出した。


表情は変えないものの


心の中では


「……これは結構しんどいですねぇ。」


とかなり落ち込む。


⸻


その後


アルフォンスが子供を抱き上げて


「この人怖くないよ。」


と説明しても


子供はまだ泣く。


ヴィルヘルムは苦笑しながら


「今日は退散しましょう。」


と言って静かに帰る。


帰り道では


「猫には好かれるのですがねぇ……。」


と少しだけ肩を落としている


そんな日常が繰り広げられているが

町のみんなは、誰がこの町の平和を守っているのかを知らない。


それでも、今日もヴィルヘルムは商店街で猫を撫でている。


「あぁ、君はやはり可愛いですねぇ。」


ヴィルヘルムという男を、一言で表すなら。


「第一印象、最悪。人柄、最高。」


第十話を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、ハースベルの商業ギルドマスター、ヴィルヘルムのお話でした。


黒いスーツに糸目、怪しい笑顔と独特な話し方。


第一印象はどうしても怪しく見えてしまいますが、実は町の人々や子どもたちの未来を誰よりも大切にしている人物です。


人の才能や価値は、数字や値札だけでは決められない。


まだ誰も気付いていない輝きを見つけ、その人が未来へ進めるように支えること。


それが、商人としてのヴィルヘルムの信念なのかもしれません。


そして、そんな彼の優しさを最初から知っているアルフォンスとの関係も、少しだけ描くことができました。


……とはいえ、見た目や話し方が怪しいのは、たぶん本人にもどうしようもないのでしょう。


猫には好かれるのに、子どもには泣かれてしまうヴィルヘルムでした。


ここまでのお話の中で、シア、ラピス、アステル、ヴィルヘルムをはじめとして、皆さんにも「この子が好き」と思えるキャラクターが見つかっていたら嬉しいです。


それぞれ違う考え方や生き方を持った登場人物たちが、誰かを想い、支え合いながら歩んでいく姿を楽しんでいただけたらと思います。


次回は、この物語の中心であるアルフォンスに改めてスポットを当てていきます。


彼がどんな出会いを重ね、どんな経験を経て、今の「おじさま」になったのか。


楽しみにしていただけたら嬉しいです。


それでは、また次のお話でお会いしましょう。


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