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第七話 私たちのお姉ちゃん先生

大聖堂での授業の時間。


一人、頭を抱えた生徒がいた。


「どうしたの?具合が悪いの?」


とシアが聞くと


「この問題がわからないんだ」

と返す子供


「ちょっと問題を見せてね?」


と耳元で髪をかきあげながら

生徒に顔を寄せ問題文を覗き込む。


「マルクくんは三人兄弟ですよね?

1人に一個ずつ渡して、最後に何個残るか数えてみてね。」


「そっかーありがとう」

と笑顔で返すマルクくん。


しばらく待つとできたよ

と元気な声で呼ばれたので見に行くと


「正解です。よくできましたね」

と言って頭を撫でた。


ある時は


「せんせぇ、この御本が読めないの」

という生徒に


「じゃあ先生が読んであげますね。こちらにおいで」

と呼び寄せる。


大好きなシアに抱っこされ

ご機嫌になる少女、るんるん気分でお話を聞きます。


シアの透き通る声に

なんだなんだと集まる子供たち


声の聞き心地に段々と眠る子供たち


シアは笑って、


「あらあら。今日はここまでですね」


と言いながら、一人ずつ毛布を掛ける。


真面目な授業だったはずなのに、

最後には子どもたちが安心して眠っている。


でもシアは怒らない。


「よく眠れましたね」と微笑んだ。


夕刻になり、アルフォンスが勉強部屋を覗く。


床や机に伏せて眠っている子どもたち。


その間を歩きながら、一人ずつ寝顔を見るシア。


「……今日は、ずいぶん静かだね」


「ふふ。少しだけ読み聞かせをしたら、

みなさん眠ってしまいました」


「シアの声が心地よかったんだろうね」


「そうでしょうか?」


「うん。きっとみんな、

シアと一緒にいると安心するんだよ」


シアは少し照れて、


「……それなら、嬉しいです」


と答える。


その時、眠っていた子どもが寝言で、


「……シアお姉ちゃん……」


と呟く。


シアは目を細める。


そしてアルフォンスも、嬉しそうに笑う。



その様子を見て

私は子どもの頃の事を思い出しました。


あれは、まだ私がシエスタ孤児院で

一番小さかった頃の話。



外では静かに虫の声が響いている夜の孤児院で


一人寝ていると怖い夢を見てしまって

また一人になってしまうんじゃないかという

不安でいっぱいになってしまいました。


私はおじさまのお部屋に向かい、

恐る恐るノックして声をかけました。


「院長先生……。」


「怖い夢を見ちゃって……。」


「一緒に寝てもいいですか……?」


いきなり顔を覗かせた私に嫌な顔一つせず

おじさまは本を閉じて笑いかけてくれました。


「もちろんだよ、おいで。」


私は安心したように小さく頷きました。



ベッドへ入る時


おじさまは自然に布団を掛け直し、

優しく腕を差し出してくれました。


「ここにおいで。」と

指示された腕枕に頭を乗せたのが

まだ恥ずかしかったのを覚えています。


まだ少し震えている私を見て

おじさまは私の小さな頭をそっと撫でてくれました。


「大丈夫。」


「僕はどこにも行かないよ。」


少し間を置いて、優しく笑う。


「ずっと一緒だよ。」


その言葉と、腕から伝わる温もり。


胸の鼓動。安心できる匂い。


私はいつの間にか


「……すぅ。」


と眠ってしまいました。



翌朝


目を覚ます私は、まだ腕枕のまま。


おじさまは先に起きていて、本を読んでいました。


目が合うと


「おはよう。」と挨拶をしてくれました。


私は照れながら、


「……はい。」


「おはようございます。」


そして、


少し恥ずかしそうに。


「ありがとうございました。」


と返すとおじさまは笑うだけ。


「また怖い夢を見たら来ればいいよ。」


その一言に、

その言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じました。


もう、この人はただの院長先生ではありませんでした。


「……おじさま」


初めてそう呼んだ日のことを、今でも覚えています。


「おじさま……大好きです」


小さな声で、私はそう呟きました。


それは、初めて安心できる場所をくれた人への、

幼い私なりの精一杯の感謝でした。


私は心から安心して微笑みました。


この日のことは、私にとって

人は寄り添うだけでも安心できるという

初めての経験でした。




それからおじさまに連れられ、

大聖堂を訪れました。


そこには祈りを捧げる人々。


鳴り響く鐘の音。


そして、一人の女性。


白い法衣をまとい、

誰にでも優しく微笑み、自然に人を助けている様子に

私は思わず見とれてしまいました。


(……綺麗。)

(優しいお姉さん。)



夢中になって見ているうちに、


おじさまから少し離れてしまい

慌てて追いかけようとして、石畳で転んでしまい


「いたっ……」


痛みに泣きそうになる。



その時、


ふわりと抱き起こしてくれたのが銀髪のお姉さん。


優しく膝に手を添えて、


癒やしの魔法をかけながら、


「痛いの痛いの、飛んでけー。」


私は驚いて目を丸くしました

本当に痛みが消えていくなんて。



銀髪のお姉さんは柔らかな笑顔で、


「もう大丈夫?」


そして少し首をかしげ、


「アル君のところのシアちゃんだったかしら?」


私はこんなに綺麗な人を前に緊張して、

小さく頷くことしかできませんでした。



「お姉さんはリリエルって言うの。

アル君とは家族みたいなものよ」

と微笑み、シアの頭をそっと撫でる。


「何かあったら、お姉さんに言ってね。」


最後に軽くウインク。


「また遊びにいらっしゃい。」


そう言って、


次の人を助けに歩いていく。



私はその背中を、ずっと見つめていた。


あのお姉さんみたいになりたい。

そう思ったのは、きっとあの日が初めてで

私は神官を目指すことにしました。


10歳くらいになり、

憧れのリリエルさんのいる大聖堂で

見習神官となった私は悩んでいました。


「私は……リリエルさんみたいな神官になれるでしょうか」


「どうしたのかしら?」


「リリエルさんは、誰にでも優しくて……

困っている人をすぐ助けられて……」


「私は、あんなふうにはなれない気がします」


リリエルさんは少し考えてから微笑む。


「シアさん」


「私と同じになる必要はないわ」


「え……?」


「私は私だからできることをしているだけ」


「シアさんには、

シアさんにしかできない神官の道があると思うの」


「でも、私には分からなくて……」


リリエルは優しく問いかける。


「じゃあ聞いてもいい?」


「シアさんが初めて『誰かを安心させたい』と思ったのは、いつ?」



それは幼き日の夜の記憶。


怖い夢。


安心できる腕枕。


「僕はどこにも行かないよ」



「……あの夜です」


「おじさまが、私を安心させてくれた夜」


「きっと、そこがシアさんの始まりなのね、

シアさん、目の前で今もし誰かが転んだらどうする?」


「一刻も早く駆けつけて、怪我がないか確認して

安心できるまでそばにいます。」


「私だったら起こして

怪我がないかを確認して終わりかも。

でもシアちゃんはきっとその手を差し伸べるだけでなく寄り添ってあげるでしょう。」


「誰かの心と体に寄り添える気持ち。

私にはない、あなただけの優しさの形なのよ」


そうリリエルさんはの生き方を肯定してくれた。



それと別の経験がある

同じ年に子供の頃から好きなハオさんのパン作りを

勉強しにいくことにしました。


筋がいいと褒められた私は

初めて作ったパンをおじさまに

一番に食べてもらいたかった。


でも、一緒に持って帰ってきた

ハオさんのパンと比べると不恰好で

自分で味見したけどあまり美味しいと言えなかった。


でも、おじさまは


「シア頑張ったね美味しいよ」


と笑顔で褒めてくれました。


嬉しさと悔しさで泣き出した私は


「もっと上手くなるからまた食べてもらいたい」


と伝えました


15歳になり

パンの腕前が上達し

お店に出せるレベルと太鼓判を押してもらえました。


「おじさま。覚えていますか?」


「十歳の時、もっと上手になったら、

また食べてもらいたいって言ったこと」


「今度は……少しだけ、自信があります」


おじさまが一口食べて、


「うん。すごく美味しい」


「あの時のパンも美味しかったけど、

シアは本当に上手になったね」


と変わらぬ笑顔で褒めてくれた。


私は少し照れながら、


「……あの時、おじさまが美味しいって

言ってくれたからです」


現在、私はハオさんに教えてもらったパン作りを

ハオさんの娘さんのルミナちゃんに教えています。


孤児院の頃からの妹であるルミナちゃんが

私のパンを作っている様子を見て


「シアお姉ちゃんわたしにもパン作れるかな?」

と聞かれました。


「もちろんできますよ。

じゃ一緒にやってみましょうか」

と理由を聞かずに答えました


ルミナちゃんはパン作りに興味があったが

ハオさんが忙しそうなのをしっているので

言い出せずにいたんでしょう。


私はこう伝えました。


「私がハオさんから教えられたのは

たった二つ

食べて欲しい人の顔を浮かべて作ること

力じゃなくて思いを込めて作ることだけ


私が最初に作ったものは本当にひどくて

おじさまは褒めてくださったけど


後でハオさんに聞いたら


俺は絶対美味しいって思ってるぜ。

あんなに気持ちのこもったパンが美味しくないわけないからなと豪快に笑ったの


ルミナちゃんも

ハオさんやルナさんに食べてもらいたいと思って

作りましょう


絶対いいものができるはずです

それでも納得がいかなかったら

何度でもお手伝いしますよ」


物影から見ていたハオさんに後ろから

ルナさんが声をかける

「あなた聞き耳はマナーが悪いわよ、

でもいい生徒を育てたみたいね」


ハオさんはこう返す。


「いや、俺が何かする前に

あの子は昔から人のために行動することが

向いているんだよ。

アルの教育の賜物だ。」と笑った。



私は、

今もリリエルさんのような神官にはなれていません。


でも、それでよかったのだと思います。


私には、私だけの優しさがあるから。


誰かの痛みを消せなくても。

誰かの問題をすぐに解決できなくても。


ただ隣にいて、一緒に歩くことはできるから


あの日、おじさまが私にくれた安心。


リリエルさんが教えてくれた優しさの原点。


ハオさんが教えてくれた想い。


そのすべてが、今の私を作っています。


だから私は、これからも――


誰かの隣に座れる人でありたい。

そう願っています。

あとがき


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、シアという人物がどのように今の姿になったのか、その原点を描いたお話でした。


シアは、誰かを救う特別な力を持っていたから

優しい人になったわけではありません。


幼い頃に、おじさまからもらった安心。

リリエルさんから教えてもらった、それぞれの優しさの形。

ハオさんから学んだ、想いを込める大切さ。


たくさんの人から受け取ったものが、今のシアを作っています。


誰かの問題をすぐに解決できなくても、

ただ隣にいて、一緒に歩くことができる。


それがシアの持つ優しさなのだと思います。


現在のシアが、子どもたちから「お姉ちゃん先生」と呼ばれているのも、特別なことをしているからではなく、いつも相手の気持ちに寄り添ってきた結果なのかもしれません。


これからも、アルフォンスや三姉妹をはじめ、登場人物たちがどんな想いを受け取り、どんな形で誰かへ渡していくのかを大切に描いていきたいと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


次回は、ラピス編となります。お楽しみください。

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